ネガティブキャンペーン、始まる

 

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明日のことは誰にもわからない。

未来に何が起こるのかは神のみぞ知るところだ。

けれども明日からの数日間、
マスコミがどんな報道をするのかは誰もが想像できる。

全国各地に感染が拡大したこと、
そしてGotoキャンペーンに対する批判だ。

連日にわたるその報道は、
きっと僕たちの恐怖を煽り、
そして誰かの怒りを助長することになるだろう。

不快な日々を過ごしたくないのならば方法は一つ。

「ニュースを観ない」ということだ。

 

 

最近、両親が少しずつ弱ってきている感じがする。

表面上は体の不調として表れているけれど、
その実態は精神的なものだと僕は思っている。

そりゃあ無理もないだろう。

何十年と仕事一筋で生きてきてようやく老後を迎えたというのに、
自由を制限された半ば軟禁状態のような生活を強いられているのだから。

前向きな気持ちになれないのも仕方がない。

今はこの生活に慣れるのを待つしかないだろう。

僕ができることといえば、
電話で話をすることくらいだ。

両親が吐露する感情をひたすら受け取ってあげることくらいしかできない。

残酷な言い方だけど、
きっと両親と同じ心境にはなれないだろうと思う。

なぜなら自分たちとは”リスク”が異なるのだから。

 

 

ふと数年前を思い出す。

自分が生きる意味をひたすら模索していた。

その答えはいつも「無い」に行き着き、
考えること自体が無意味であるような気がした。

けれど、それが答えなのだと理解した時、
ようやく本当の自分の人生が産声を上げたような気がする。

そう・・例えば、
誰かが辛い時に辛いだろうと気づいてあげられる事。

誰かが苦しんでいる時に苦しんでいるのではないかと気づいてあげられる事。

それはたぶん、たまたまではないような気がする。

きっと自分の歩んできた人生がそうさせるのだろう。

痛みや苦しみを知っているからこそ、
相手の痛みや苦しみを理解してあげることができる。

相手が心の底に隠している本音を感じ取ってあげることができる。

まあ多くの場合は取り越し苦労に終わるし、
「お前に何が分かるんだよ」
などと罵声を浴びせられることも多い。

身内の場合は特にそうだ。

子供に心配される親になんて誰がなりたいだろうか。

こちらがイメージしていた反応を返してくれることなんてまず無い。

言わない方が良かったと後悔することなんてしょっちゅうだ。

・・けれど、それでも僕は声をかける。

声をかけ続けることに意味があると思うから。

 

 

いま世界中できな臭い出来事が立て続けに起こっているらしい。

が、そんなことはどうでもいい。

知ったところで僕たちにはどうにもできない。

大事なのはいま目の前で起こっている出来事だ。

世間がどうの、世界がどうの、
そんなことよりも大事なのは目の前の家族。

いま目の前で苦しんでいる家族に寄り添ってあげる事。

それが、いま自分がやるべきことだと僕は思っている。

 

目の前の家族を大切にできない人間が、
多くの他人を大切にできるわけがないはずだから・・

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