人生は自分の選択一つ

 

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最近気が付いた。

結局人生は自分の選択次第で決まるものだ、と。

そんなのはもはや言われ尽くされたことかもしれないが、
日々を生きていてあらためてそう実感した。

僕は会社員という職業が嫌いだった。

嫌な仕事を強制的に押しつけられ、
嫌な人間に対しても良い顔をして、
嫌だと思いつつも部下に強要しなければいけない毎日。

ひたすら謙遜し、上下関係を遵守し、
みんなの空気を乱さないことを第一に求められる。

そうやって自分の気持ちに嘘をついて生きる日々が嫌だったのだ。

だから必死で考えた。

「どうすればこんな毎日から抜け出せるだろう?」

そうやってもがき続けた結果、
自分で自分の会社を作ることになった。

偶然の出会いの連続がその道に導いてくれたのだ。

後々になって一連の出来事を振り返りながら、
”自分は本当に運が良かったなぁ”としみじみ思っていた。

どう考えても自分一人では絶対に辿り着けなかったからだ。

けれども、最近になってこう思うようにった。

「あの不思議な出会いの連続はあながち偶然ではなかったのかもしれない」

突如として目の前に現れた情報、人、そしてその機会・・

それらはたしかにある日突然現れたのだけど、
出現したその瞬間に両手で掴み取ったのは自分自身だ。

別に向こうから指南してくれたわけではない。

「はい、チャンスが来ましたよ」

そんな親切な啓示など一切与えられはしなかった。

ただ忽然と目の前に現れ、一瞬で走り去ろうとしているのを、
ギリギリのところで掴んで必死にこの身で死守していたのだ。

それらは出会った瞬間はとてもチャンスだなんて思えなかった。

むしろ非常識で非現実的で薄汚れていて、
手を出すのを思わず躊躇ってしまうような代物だった。

明らかに「リスク」にまみれていた。

それでも疑いたくなる気持ちを殴り倒し、
「これはチャンスなんだ」と無理やり自分に言い聞かせ、
勇気を振り絞ってなんとかこの手を差し出した。

そうしたらそれがたまたまチャンスだった、
というのが実際のところなのだ。

そう、基本的にチャンスなど、無い。

自分で勝手に「これがチャンスなんだ」と決めて、
そして自分の力でチャンスに変えていくしかない。

運命はきっかけだけは与えてくれるが、
それ以上のことは一切何もしてくれない。

掴んだ藁を必死に育てて無理やり稲穂に変えていかなければならないのだ。

だからこそ、人生は自分次第である、と最近は思う。

 

結局は「こうなりたい」から「こうしよう」まで自分で責任をもつかどうかなのだ。

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