従わない奴は黙らせるまでだ

 

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先月イスラエルとUAEの国交正常化が発表され、
各方面から「歴史的瞬間だ」と大絶賛された。

これを仲介したアメリカの大統領がノーベル平和賞にノミネートされたほど。

イスラエルが中東諸国にとって”チンピラ国家”であるという事実を知っていれば、
この出来事が歴史的にとても重要な意味をもつことは誰もが理解できる。

先日バーレーンがこれに続いたことで、
他の国々からも連鎖的に同様の声が上がるのでは? と言われている。

・・そう、例えば、難しい話を全部抜きにして、
「みんなで仲良くやっていこうよ」
と全員の気持ちが統一されたらばこの地の争いはなくなるだろう。

”みんな仲良く暮らしましたとさ。ちゃんちゃん”

歴史的背景や宗教的価値観をぜーんぶ取っ払い、
ただ人間同士が平和に暮らすことを純粋に願うならば、
みんなで仲良くするのが一番良いに決まっている。

そういう意味で「和平」と言っているならこれ以上に素晴らしいことはないだろう。

そう、本当に、純粋にそう願っているのならば・・

 

 

今年初め、あのアメリカの大統領はこんな宣言をした。

”中東和平案”

これはパレスチナを国家と認めたうえで、
イスラエルとパレスチナが共存していく道を示した提案だ。

要するに、イスラエルからパレスチナに対して、
「こういう形で和解しましょうよ」
という提案をもちかけたことを意味する。

集まった記者団に対して、
”これはパレスチナに与える最後のチャンスになるかもしれない”
とあの大統領はほのめかしたらしい。

しかし、これに対してパレスチナは猛反発を示した。

「オレたちは絶対に騙されないぞ!」

一見すると両国の共存を目指したこの提案も、
パレスチナ人にとっては単なる”まやかし”に映っているらしい。

きっと過去の歴史がそうさせるのだろう。

・・で、その流れからの冒頭の出来事、
「イスラエルと中東諸国の国交正常化」なのだ。

 

果たして、この和平は、どういう意味をもつのだろうか?

 

このまま他の中東諸国がイスラエルと仲良くしだしたら、
パレスチナは間違いなく孤立していくだろう。

そうなれば風向きは今と一変する。

今現在、中東の国々にとって、
イスラエルは”チンピラ国家”に他ならない。

ある日突然みんなの土地で、
「オレ、今日からイスラエル。よろしくね」
と一方的に国家宣言を成立させた国だからだ。

だから何十年もみんなでイスラエルをシカトし続けてきた。

けれども周りがその存在を認めだし、
反発する国がパレスチナだけになってしまえば、
世間の声は今とは真逆になるだろう。

きっと中東の国々はこう言うはずだ。

「パレスチナさん、一体、いつまで意地はってんのよ?」

中東のみんなの誇りを守るために頑張っていたのが一転。

中東における「分からず屋」として他国から厄介者扱いされるハメになる。

その時には、もう、彼らに選択肢は残されていない。

強国の元に下って属国となるか、
もしくは玉砕覚悟で自爆テロを起こすしかなくなる。

そうして結果的に一番嫌な思いをするのは、
誇りのために戦い続けてきたパレスチナ人たちだ。

自分たちが命を賭けて守ってきたものは一体なんだったのだろう、と・・

 

 

行動や言動の真意というのは、それを行った本人にしかわからない。

あくまで僕たち一般人は想像を巡らすしかないので、
いま起きている出来事が本当はどんな意味をもつのかは分からない。

ちなみに今回の国交正常化は対イラン制裁も想定しているといわれている。

すなわち、言うことを聞かないイランとパレスチナの二国を、あの地域で孤立させる意図があるということだ。

まあ、本当のところは分からないけれど。

ただし一つだけ確かなことがある。

イスラエルのことにしても、イランのことにしても、
アメリカ一国が関係する諸外国と真逆の道を突き進んでいるということだ。

イランに至っては如実にそれが表れている。
(詳しくは「イラン制裁」を参照)

そしてその強引なやり方が成立してしまっている今の世界の現状があるということだ。

この世界は、もう、そういうところまできている。

 

 

中東で今起こっている出来事を僕たちにはどうすることもできないだろう。

けれど、今、このタイミングであなたも考えてみてほしい。

 

「今の日本って、誰が望んだ形なのだろう?」

 

自分たちの生活に関わること以外はまるで無関心な日本人。

世界でいま何が起こっていようとどうでもいい日本人。

刺激的な言葉で注意を引くネットニュースやYouTubeの動画ばかりに目を向ける日本人。

毎日仕事が忙しいし、
やることがたくさんあるし、
人間関係でストレスが溜まるし、
自分だけの自由な時間は少ないし、
そうなるのも仕方がないだろう。

だけどこれは自分たちが望んだ形なのだろうか?

自分たちがそうしたいと思って作られた社会なのだろうか?

毎日仕事に行ってお金を稼ぎ、子供を育て、社会に貢献することが僕たちに与えられた使命なのだから当然だと社会は言う。

いや、使命だから、なんて話はどうだっていい。

 

自分はそれでいいのか?

 

それで自分は本当に幸せなのか?

 

それが当たり前だとただ盲目的に従い、
自分の願望を押し殺したままこの命を終えてしまっていいのか?

 

いま自分の生きている毎日がどう考えても幸せであるならば、
すべてに無関心でも一向に構わないだろう。

それは自分で「選択した」ということだからだ。

けれども選択した人生ではなく、
ただ何も考えずに歩んできた人生であるならば、
もう少し疑問をもって世の中を見つめた方がいい。

きっとそこには”立派な社会人”なんてものより、もっともっと大切なことがあるはずだ。

 

・・そう、無関心・無気力は、この世界の誰かにとって、もっとも好都合な状態なのだ。

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