2020/10/04

怒りと嫉妬は嘘のシグナル

 

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テーマ:自分と向き合う

 

自分の信念が誰かに脅かされそうになった時、
僕たちは怒りや嫉妬でそれを守ろうとする。

そしてその信念が嘘から始まったものである場合、
普段の自分からは考えられないほど感情をあらわにする。

まるで”やましいこと”を必死に隠そうとするみたいに・・

なぜそう言い切れるのかというと、
もしもやましいことがないのならば、
別に相手に対して怒る必要も嫉妬する必要もないからだ。

 

 

例えば、ボランディアをやっている一人の男性(Aさん)がいた。

Aさん曰く、
「ただ純粋に人を助けたい」
という気持ちでやっているらしい。

それに対してある男性がこう言った。

「オレはボランティアなんて絶対やらねえ。あんなのは偽善者がやることだよ」

Aさんは自分のやっていることを否定されて少しムカついたものの、
別に男性に対して言い返すことはしなかった。

すると別の男性が現れてこう言った。

「ボランティアをやる奴って、自分が他の人よりも意識高い人間だと思われたいんだよね。”ほら、僕は社会的に弱い立場の人を助ける心優しい人間なんだよ”って周りにアピールしたいんだよ。その証拠にわざわざ自分からSNSに”ボランティアしました”とか書くだろ? 誰かに聞かれたわけでもないのにさ」

Aさんはその男性に言った。

「いやいや、なんでそう言い切れるんだよ? そんなの人によって違うだろ? 自分のものさしで勝手に決めつけるなよ」

・・・

Aさんの反論は正しいと思う。

ボランティアをやる動機など人によって違うに決まっている。

この男性の言っていることはあきらかにただの偏見だろう。

だけど、どうしてわざわざ
それを相手に対して言う必要があるのだろう?

別に放っておけばいいじゃないか?

自分はただ純粋に人を助けたいと思ってボランティアをやっているのだ。

別に他人から何を言われても関係ないし、
他人にどう思われようとも関係はないはずだ。

それなのにどうしてわざわざ反論する必要があるのだろう?

「偽善者」という言葉にはそこまで腹が立たないのに、
どうして「意識高い人間だと思われたい」という言葉には怒りをあらわにするのだろう?

どちらも侮辱されているという意味では変わらないはず。

それなのに、後者にだけ強い怒りを感じるのはなぜだろう?

・・それは、そこに自分が守りたい”何か”があるからではないだろうか。

 

 

僕たちは、的外れな悪口には怒りを感じない。

背の高い人が「チビ」と言われても何も感じないし、
フサフサの人が「ハゲ」と言われても何も思わない。

自分を偽善者だと思っていない人が「偽善者だ」と言われても、
別に相手に対して怒りを感じることはない。

なぜなら相手の言っていることは的外れなのだから。

相手の言葉に敵意を感じるのは、
自分にも思い当たるふしがそこにあるからだ。

だから怒りや嫉妬の気持ちが湧いてくる・・

 

怒りや嫉妬の感情は、自分の本音を見破る”シグナル”となる。

自分自身と向き合うことは、
このような「怒り」や「嫉妬」の気持ちに素直になれるかどうかが鍵となる。

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