才能は毒素

 

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『人生に意味は無い』

これは過去の書籍にも書いたことだ。

人は、
「なんのために生まれたのだろう?」
とか、
「なんのために生きるのだろう?」
などと一生懸命に自分の人生に意味を見出そうとする。

見つかるまでその意味を探し続ける。

だけどそんなものは一生見つからない。

なぜなら最初から意味など無いのだから。

この結論は希望を生み出すのか?
それとも絶望を生み出すのか?

もしも何かに悩み、囚われ、
理不尽と戦っている者からすれば、
希望を生み出す可能性がある。

「僕たちは自由でいい」

そう思えるだけで、
苦悩から解放されることもあるからだ。

けれど何かを創作し、
この世に生み出す者からすれば、
絶望に感じてしまうかもしれない。

「僕たちの活動に意味はない」

そう思ったら、
もう何もかもが無駄に思えてしまうからだ。

意味が無いのになぜ作る?
意味が無いのになぜ悩む?

もはや”最初の動機”すらボヤけてしまいそうだ。

 

例えば、自分で考えようとしなくても
思いついてしまうことが才能だとしたら、
その才能にも意味は無いのだろうか?

生み出された発想にも意味は無いのだろうか?

だったらどうして思いつくのだ?

やはりそれも、”意味は無い”に落ち着くのか・・

だけどたとえ意味が無いのだとしても、
思いついたならば形にすればいいのかもしれない。

いや、やっぱり形にしないとしょうがない。

だって次から次へと思いつくのだから。

逐一、身体から出していかないと、
毒素みたいに溜まっていくだけだから。

 

そうか、毒素か・・

毒素みたいなものだ、ある意味。

ジャンキーなのだ。

ジャンクフードは身体に悪いことがわかっていても
どうしても食べたくなってしまう。

そんなことをしたら身体に毒素が溜まっていってしまうのに・・

わかってはいるけど、辞められない。

 

それが性だ。

最後まで付き合ってやろうじゃないか。

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