死の意味

 

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誰かが言った。

「オレたちがこの世界に生まれてきたことに意味などない」

たしか日本のラッパーの歌詞だったような気がする。

自分と同じように感じてる人もいたんだ、
たまたま耳にした時にそう思ったのを覚えている。

もちろんその歌詞の続きは、
「意味なんて自分でつけちゃいな」だ。

ところでもしも生まれてきたことに意味がないのならば、
死ぬことにも意味はないのだろうか。

突然の死、無念の死、後悔の死、
不幸な死を遂げたことにも意味はないのだろうか?

⋯ここ数日、日本列島の西の方で
とてつもない豪雨が続いている。

”まさかそこまでの事態にはならないだろう”

そう思っていた堤防が決壊し、
街中に押し寄せた濁流が建物や車を一瞬にして飲み込んだ。

映像では民家の二階部分まで水が押し寄せていて、
なんとか逃げおおせた人たちは屋根の上で救助を待っていた。

観ている僕たちを唖然とさせる、まったく信じられないほどの悲惨な光景だ。

 

⋯その死にも、意味はないのか?

 

多くの人が突如として最期を迎えた
この悲惨な死の数々にも意味はないのだろうか?

もしもそうだとしたら⋯何だか、
どうにもやるせない気持ちになってしまう。

「あの人たちは何の為に⋯」

 

⋯でも、そうか。

たとえ意味がないのだとしても、
勝手に意味づけをしてしまえばいいのか。

同じ時代を生きた顔も名前も知らない他人の死、
その死について残された者たちが勝手に意味づけをしてしまえばいいのか。

だったら僕は、こう思うことにする。

 

『あの人たちの分まで真剣に生きよう』

 

こんな歯の浮くようなキレイゴトが、
今日一日を強く生きる活力になるのだから不思議だ。

周りは、
「何をいきり立っているんだコイツは⋯」
と訝しげな表情を向けてくることだろう。

ただ、誰にどう思われようとも、
自分自身はそれで得をするのだから関係ない。

他人の死を勝手に思いやることで、
僕の7月7日は充実した素晴らしい一日となる。

その素晴らしい一日の積み重ねが自分の人生を彩っているのだから、
僕にとってこのキレイゴトは何をおいても優先すべきものだ。

なぜなら自分の人生は如何なるものよりも尊いものだから・・

 

 

他人の価値観に合わせていたところで、
今日一日を充実させることはできない。

自分の価値観を満たすものなら変人に見られるのも大いに結構だ。

 

 

亡くなられた方々にご冥福をお祈りします。

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