2020/08/03

皮肉屋の父

 

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『侮辱』について・・

僕の人生には皮肉屋がたくさんいる。

不動産屋の頃の先輩もそうだし、
その当時に付き合っていた彼女もそう。

現在の妻にもそういう一面があるし、
何より僕自身が学生時代は”超”がつく皮肉だった。

それは父の影響なのかもしれない。

父はいつも誰かに毒づいていた。

ドラマを見ながらタレントに毒を吐き、
ニュースを見ながら政治家に毒を吐き、
スポーツを見ながらアスリートに毒を吐いていた。

その内容は相手の性格やプライベートな事ばかり。

業界関係者でもない父のその主な情報源は「週刊誌」だ。

父は毎週欠かさず何冊かの週刊誌を読んでいるようだった。

朝日やポストや現代や大衆など、
ゲスい噂話のようなネタが多く掲載されている雑誌だ。

父はそこに書いている内容を鵜呑みにし、
少しでも相手が活躍する場面がテレビで流れると
皮肉を言っては毒を盛り込んだ。

いつだったか、中学生の僕が歌手の倉木麻衣を好きだと言った事がある。

すると父は、それに対して、
「あんな奴はすぐに消える」
と毒を吐いた。

無性に腹が腹が立った僕が反論しても、
父は頑として自分の意見を譲らなかった。

「いいや、あいつは消えるんや」
最後は真顔でそう言った。

まだ純粋な中学生に対してそんな事を言うか?
子供ながらそう思った。

そもそも業界人でもあるまいし、何を情報通ぶってるんだよ・・
僕はこの時、父に対して強い嫌悪感を覚えた。

それから随分と時が経ち、僕が大人になった頃、
ひょんなきっかけで父の過去を知る機会が訪れた。

父は19才で親父(僕の祖父)を亡くした。

そしてその頃から大人たちに交じって近所の「会合」に参加していた。

田舎の風習となっているこの近所の会合では、
その町に住んでいる男衆が夜な夜な集合して
地域の重要な出来事について話し合う。

その地域の長老的な人物もいれば、
人の良い親切なおじさんなど様々な人がいる。

一番の若造だった父は、
その中に入っても臆することなく
自分の意見を主張してきたらしい。

この会合には、一家のうち誰か一人は参加しなければいけない。

祖父を亡くしていた父は、強制的に参加せざるを得なかった。

会合は月に1回は必ず開かれる。

祭りのシーズンや地域のイベント事がある時などは、
一週間以上続けて開かれる事もある。

お盆や正月などは、一日中このような地域の集まりに拘束される。

父は20代の遊び盛り真っ只中を、
地域の決まり事に拘束されて生きてきたのだった。

きっと、もっと友達と遊びに行きたかったに違いない。

ようやくやってきた連休を、
友達との時間に使いたかったに違いない。

だけどそれは叶わなかった。

まだ親が健在だった友達連中が、
そんな地域の事情などを分かってくれるはずがない。

そうして仲間との大事な集まりに参加できなかった父は、
いつしか仲間たちとは疎遠になっていったそうだ。

父は本当にやるせない気持ちだったと思う。

友達の言葉に辛い思いをした事もあるのかもしれない。

どうしようもない孤独を感じて生きてきたのかもしれない。

どうして自分だけがこんな目に遭わなければいけないのかと、
自分の運命を呪った事もあるのかもしれない。

この理不尽な境遇を、どこかで恨んでいたのかもしれない。

その心の奥底に抱えていた気持ちが、
相手を侮辱する言葉へと繋がっていったのかもしれない。

だから誰かが傍に居て、その言葉を聞いてあげなければいけなかったのだろう。

僕は思い出す。

テレビに映ったタレントに毒づく父の隣で、
母がそれを否定することなく最後まで相槌を打ち続けていた場面を。

時には「なんでそこまで言うのよ」と呆れた顔をしながらも、
最後まで話に付き合っていた母の姿を。

あの母の姿は、そういう事だったのか・・

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