2020/09/08

真の思いやりとは

 

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先日、父が電話で僕にこう言った。

「家にネット回線を引いた方がいいかな?」

その言葉を聞いた僕は思わず耳を疑った。

時代の流れに逆らってきたこれまでの生活スタイルを、
ここにきて方向転換させるべきかと迷っているらしい。

そんな父の相談を、僕は、
「お母のスマホがあるから大丈夫だよ」と却下したものの、
父が自発的に変わろうとしている姿勢にこの上ない嬉しさを感じた。

なにせ携帯電話も4年前にようやく契約してくれたような父だ。
(緊急時のためにと懇願しても全く聞き入れてくれなかった)

そんな頑固者の父から「ネット回線」という言葉が出てくるとは・・

懸命に父と関わってきたこれまでの苦労がようやく実を結んだ気がした。

 

 

うちの父はとても責任感が強い。

自分に与えられた課題を人任せにすることは絶対にしない。

むしろ自分がやらなくてもいいことにまで首を突っ込むようなお節介な人だ。

ところが、内容が少しでも複雑になると、
途端に父はそのための行動意欲を失ってしまう。

そしてその煩わしい作業をすべて、息子である僕に丸投げしてくる。

「これちょっと調べといてよ」といった具合に。

その調べ物は数分で終わる時もあれば、
数時間かけてようやく終わる時もある。

軽い内容から少し重めの内容まで様々なケースがあるからだ。

軽い内容の場合は、大雑把に”こんな感じだと思うよ”という報告をすればいい。

けれども重い内容の場合は、
個人のサイトに書かれた内容をそのまま鵜呑みにするわけにはいかず、
いくつものサイトとつき合わせてその内容の整合性を確認したり、
公的機関や専門的なサイトを見て内容の裏付けを取らないといけない。

僕が適当なことを報告してもしものことがあった場合、
父に対して多大な迷惑がかかることは想像に難くないからだ。

そんな僕の苦労を父が全く理解していないのは、
父自身が自分でネット検索をしたことがないからだ。

「いや、そんなの調べればすぐに出てくるんだろ?」

父はその程度にしか考えていない。

ネットの情報をそのまま鵜呑みにしてはいけないという基本的な心構えすらも身についていない、
まさに完全なる情報弱者の思考でいるのだ。

息子としてこのまま放っておくわけにはいかない。

これからの時代を考えた時に、このままいくと、
ただ盲目的に誰かの言うことに従うしかなくなってしまう恐れがあるからだ。

 

 

父の代わりに全てをやってあげることは簡単だ。

けれども僕はそれをしなかった。

父に電話で”最初の一歩”を伝え、課題を与え、
そして「分からなかったらいつでも聞いてきて」とサポートする旨も伝えた。

面倒だと拒絶する父の言葉を無理やり制し、
時にはイラついた父に毒を吐かれながらも、
父に『ネット検索』を強制的に始めさせた。

そのせいで一時期はとても険悪になった。

「お前は本当に冷たい息子だ」と父は電話口で僕に吐き捨てた。

それでも僕は、決してこの”サポーター”という立ち位置を変えることはしなかった。

そうした苦労の結果が、
「家にネット回線を引いた方がいいかな?」
という冒頭の父の言葉に繋がったわけだ。

親の成長を子供が喜ぶのはおかしいのかもしれないけれど、
「まさに感無量」というのが僕の素直な気持ちだ。

 

 

何もかも際限なく相手に与えることを僕は親切だとは思わない。

なぜなら相手を真に思いやる気持ちがあるのなら、
相手の人生における選択肢までをも奪うことは決してしないはずだからだ。

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