2020/10/19

運命を受け入れる

 

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テーマ:運命とは?

 

若い頃の自分は、運命なんてものは大嫌いだった。

「どうして他人に自分の人生を決められなきゃいけないんだ!?」

そもそも運命の存在自体を
あまり信じていなかったと思う。

”自分の人生は自分で切り開いていくもの”
そんな信念を自らに掲げていたような気がする。

そうやってひたすら運命に逆らって生きてきた。

振り返ってみると、
あの頃の考えは半分正しかったように思う。

たしかに、
「自分の意思一つで変えられる」
という意味では間違っていなかったわけだから。

 

 

大人になるにつれて少しずつ分かってきた。

”僕たちは何者にもなれるわけじゃない”

たしかに僕たちには無限の可能性があるけれど、
だからといってどんな夢も実現するわけではない。

なぜなら僕たちに与えられた時間は限られているからだ。

その夢が大きければ大きいほど、
実現するにあたって求められる苦労の度合いは大きくなる。

何事も簡単には叶わない。

例えばユーチューバーとして生きていたいと思ったなら、
とてつもない精神力と共にその代償を支払う必要があるらしい。

つまり、何かを得れば何かを失うということだ。

それらに費やせる人生の時間は限られている。

だからなんでもかんでも手に入るわけではない。

また、人間には才能というものがある。

僕はそれを『魂の記憶』と呼んでいるのだけど、
人にはそれぞれ、幾度の輪廻転生の過程で得た魂の記憶がある。

きっと誰しもが経験あるだろう。

初めて取りかかる物事にも関わらず、
なぜだか最初からやたらと上手く出来たり、
人よりも圧倒的に早いスピードで理解してしまう、ということが・・

それを世間では「天から与えられたもの」だというけれど、違う。

それは自分自身が培ってきた、
永遠に忘れることのない、魂に刻まれた記憶なのだ。

だから才能は誰にでも必ずある。

それが地味だったり、
あるいは自分が望んだ道と違ったりして、
そのまま”スルー”してしまっているだけなのだ。

そう、だからこそ、
自分の才能を活かした道に進んだ方が人生は上手くいく。

なぜならその方が圧倒的にスピードが早いからだ。

限られた人生の中でより多くのことを体験しようと思ったなら、
やはり、そのスピードを使わない手はない。

そういう意味でも僕たちは何者にもなれるわけじゃないという話になる。

 

 

僕たちにはあらかじめ無数のシナリオが用意されている。

ただ自分とまったく親和性のないシナリオまでは用意されていない。

不思議なもので、僕たちは、
生きていれば自然とその才能に関連したシナリオに向かっていくらしい。

そのことに興味をもったり、
あるいはふとした出会いからその機会が訪れたり。

運命は、きっかけだけは与えてくれるからだ。

ただしそうなるためには条件がある。

それは、「運命に逆らわないこと」だ。

自分に訪れたきっかけや出会いに逆らったり、
あるいはその偶然を否定していては、
与えられたシナリオからどんどん逸れていってしまう。

せっかく運命がきっかけを与えてくれているのに・・

僕たちに必要なことは、
『自らの運命を受け入れる勇気をもつこと』だ。

逆らわず、抗わず、流れに身を任せて生きていく。

そうすれば自ずと、自分自身が求めるシナリオへとたどり着けるらしい・・

 

 

運命は存在するのか?

本当のところは誰にもわからない。

ただ、運命に逆らって生きるよりも、
運命を受け入れて生きている方が人生は上手くいく。

これまで散々運命に逆らって生きてきた僕はそんな結論にたどり着いた。

 

今思えば、ああやって運命に逆らって生きていたのも、
所詮は用意されたシナリオに従っていただけなのかもしれない・・

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