2021/08/23

お墓参りに行きたいのに

 

この記事を書いている人 - WRITER -

いやあ、洗濯物がまったく乾きません。午前中に少し晴れ間が見られましたが、わずか数時間の恵みにとどまり、今ではすっかりと暗雲が立ち込めています。部屋干しした服のニオイったらもう・・外で働いている妻を気の毒に思います。はい、主夫です。

世間的にはお盆ど真ん中。旅行したり帰省したりと、数年前までは当然であった慣行が難しくなった今、皆さんはどのように過ごされているのだろう。ほとんど引きこもりみたいな生活を送る今の僕には、もはや一般的な過ごし方というものが分かりません。自宅で過ごされている方が多いのでしょうか。

こうして〝こもり生活〟を余儀なくされるようになり、気づかされました。

「ご先祖さまに対する罪悪感」というものに。

もうかれこれ2年ほど実家の墓に参っていません。実家に帰省していないのと同年です。

そんなことは過去にもありました。18歳で大阪に出てきてから、盆・正月もロクに帰省せず、ご先祖さまに手を合わせることもない日々が何年も続いていました。けれどもその頃は別に何も感じていませんでした。坂の上に立つ石碑は、文字通りの石碑に過ぎなかったのです。

しかし人生における華やかな日の目を浴び、そしてまた散々たる憂き目を見たことによって、「自分は生かされているのだ」という誰ともない教えを痛感するまでに至り、それからは、帰省時に花を買って実家へ出向くのが習慣となりました。以降毎年欠かさずお盆だけは帰省するようになった次第です。とはいえ、そうなったのもここ4、5年の話なのですが。

そして、そうなってからの、この状況下。自分にとって石碑が単なる石碑ではなくなったうえでの、墓参不可。

この初めての経験に、どうにも言い表せないモヤモヤが心を包んでいます。なんとももどかしい。1年はまだなんとか許容できたけど、2年連続、今年もか・・。母に「オレの分までお参りしておいて」とは言ったものの、やはり罪悪感を拭いきることはできません。

きっとご先祖さまは、この状況を十二分に理解してくれているとは思います。退っ引きならない事情は上から見てて分かってくれてるはず。

ところが罪悪感の根源が自分の方にあるために、その気持ちをいつまでも処理できないでいるのです。

「どうして今まで大事にしてこなかったんだろう」という自責の念・・。

 

 

『尊い』

この日本語は、日本語でしか意味が通じない言葉なのだそう。

英語に訳そうとすると、「貴重」という意味のvaluableとか、価値が高いという意味のpreciousという単語が近いそうだが、日本人同士が使っている、あるいは通じ合っている「尊い」という言葉は、そんなチンケな意味に留まらない。もっともっと壮大で、もっともっと多色な意味合いをもつ。

だからこそ、尊いという言葉がもつ意味は、頭で理解するのではなく、心で感じるしかないのかもしれない。

この状況下は、尊いという言葉を心で感じるにはこれ以上ない場面なのかもしれない。そんなことを、ふと思った。

この記事を書いている人 - WRITER -
 

Copyright© 売れっ子Kindle作家 大矢慎吾 , 2021 All Rights Reserved.