2021/09/16

こうして歴史は紡がれていく

 

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昨日はホラー映画を3本も観てしまいました。しかもそのうち2本はモノクロというクラシックなラインナップ。

「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」

「サイコ」

「鳥」

上記二つはモノクロ、下記二つはサスペンスの巨匠:アルフレッド・ヒッチコック監督の作品です。

ホラー好き以外はまったく何も感じない3作品だと思いますが、実は、このどれもが歴史的名作。ホラー映画を語るのであればまず外せない3つだと言われています。

「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」は、言わずと知れた「ゾンビ」という化け物を最初に登場させた作品。ゾンビの生みの親、ゾンビの元祖こそが、この作品なのだそうです。当初はリビングデッド=生きる屍と定義されており、皮膚がドロドロだったり血まみれだったりと、今みたいに見たまんま〝ゾンビ感〟のある化け物ではなく、かなり普通の人間に近い状態の化け物として描かれています。そしてそれがまた逆に怖かったりもします。なにせ、普通の人間が人間を食べようと襲ってくるのですから。

後に一般的となった「ゾンビ」の方の名称を監督も使用するのですが、脳を破壊すれば倒せる、噛まれた者はゾンビとなる、などの設定はこの頃から既に盛り込まれていて、ほぼ今のゾンビの形をこの作品が作り上げたといっても遜色はないと感じました。

そして「サイコ」は、故ヒッチコック監督の代表作。サスペンスの巨匠として名高い氏ですが、その魅せ方をホラーに盛り込むことによって、ある意味では薄っぺらい恐怖や瞬発的な怖さとは違う、じわじわと襲ってくる不気味な恐怖を観る者に抱かせる作品となっています。

またかの作品は、女性がシャワーを浴びている最中に背後から刺される、動物の剥製をコレクションする異常な犯人、などの現在のホラー映画のお決まりのくだりを最初に生み出した映画であると言われています。今のホラー映画の教科書的な作品で、いわば「発明」に近いものをいくつも生み出している。そういうところが巨匠の巨匠たる所以なのかなあと思いました。あくまで観た人を楽しませるという意味で、ものすごい感性の持ち主だと僕は感じました。やはりホラー映画は、観客を楽しませるために驚かしたり、怖がらせたりしているわけですから。

そして「鳥」も同様にヒッチコック監督作。これはネタバレが生じそうなので説明は省きますが、多種大量の鳥が一致団結して人間を襲ってくる、というなんとも恐ろしいホラー映画です。画面が切り替わるたびに1羽、2羽、5羽、10羽、100羽、とそこに突然カラスの群れが出現する描写など、これもまた恐怖の描き方が素晴らしい映画だと感じました。

こういった歴史的名作を観るのが僕はけっこう好きです。

やはり歴史や文化には目に見えない「繋がり」というものがあって、〝あれがあったからこそこれがある〟という明言されることのない流れがあると思っています。多くの場合、偉人伝というのは、その者の才能ばかりをひけらかすものが多いですが、どんな人物であっても、またどんな作品であっても、その時代における風潮、そしてまた世間が感じる温度、という枠から一人外れて存在することはできないわけで、ある程度過去を踏襲したものや、あるいは過去の創作者たちが作り上げた世界観の延長線上にある新たな作品、というような意識をもって臨まないと、世間の人たちに受け入れられるのは、ちょっと難しいのではないかと思います。「自分は特別な存在なんだよ」というスタンスの創作者は、はっきり言ってちょっとウザい。とくにこの時代においては。皆んな苦労してるんだよ、という今なので。

これだけたくさんの情報、作品に触れられる機会を与えられた時代に生まれた自分たちは、まったく新しいものを生み出そうとするよりも、過去を踏襲したうえでの一歩進んだものを生み出す、というスタンスの方が良いような気がします。むしろ陣地なんてもはや全部取られていて、まったく新しいものを生み出す、なんてのはまず無理であるような気がする。そんなことは考えない方がいいのではないだろうか。

情熱ゆえの作家語りになってしまいました。ちょいウザですね。だけどそれくらいホラー映画が好きで、そしてまたそれを生み出した創作者の情熱というものに大きな興味がある私です。

自分たちが生み出した作品が、また次の世代にとっての「参考資料」となっていく。

自分も、そんな存在になれたらいいなあ、と思う今日この頃です。

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