2020/12/30

この街の不動産屋さん 10の続き

 

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〜続き〜

 十五時半に予定されていた打ち合わせは時間通りに始まった。今回は米田のダイニングカフェにて行われている。

 「あははは! それは奇抜ですね」

 美容院経営者、馬場の大きな笑い声が店内に反響する。

 「ほんと驚きましたよ。まさかこんなことになるなんて」

 珍しく砕けた笑顔を見せているのはラーメン屋店主の支那だった。

 「まったく。彼らのやることは、私らには理解できないですね」

 「ええ。とてもこんな企画は思いつきませんよ」

 「商売の範疇ではありませんからね」

 二人の会話に同調を示したのはアパレルショップ経営者の奈井木だった。彼は馬場が連れてきたメンバーであり、十二人の店主たちの中でもっとも若い二十八歳の経営者であった。高杉よりも三つ年下だ。

 「大食いで負けた人が全額自腹だなんて、たしかに面白いけれど、そんなことをしても客足に繋がるとは普通思いませんよ」

 彼らが話題にしているのは先月、支那のラーメン店で開催された、大食いタレント兼ユーチューバー主催の大食い大会のことであった。

 この大食い大会は、レペゼン堀江の会員である一人のユーチューバーが「自分の好物のラーメンなら大食いの記録を塗り替えられる」という動画を投稿したことから始まった。最初は彼一人が店を訪れてこの動画を撮影していった。記録を更新できたからなのかは分からないが、この動画はそれなりの再生回数を稼いだらしい。

 するとそれ以降、動画を視聴した大食い自慢たちが、彼の記録に挑戦しようと支那の店に押し寄せた。そうして各々がその挑戦の様子を撮影し、同じような内容の動画が複数ユーチューブに投稿された。

 支那はこの現象に酷く困惑したらしい。

 彼のラーメン屋は”デカ盛り”を売りにした店でもなければ、制限時間内に食べきれば無料などの挑戦企画を実施している店でもない。アサリの出汁を使ったこの店のそれ同様、落ち着いた雰囲気の小ぎれいなラーメン屋である。例えば学生街に店を構える食堂などとは想定している客層がまったく異なるのだ。

 けれども支那は、会員であるユーチューバーの「大食い大会を開催したい」という打診を受け入れた。

 それは支那にとっても大きな賭けではあったが、ユーチューブにおける各動画の再生回数を目の当たりにすると、そのまま捨て置くわけにはいかなかったようだ。数字を示されると経営者としては弱い。その視聴者の数はまさしく机上の空論ではないからだ。

 そうして貸し切った店で行われたこの大会の模様がユーチューブに投稿されると、次の日から店の前に行列が並ぶようになった。もちろん、挑戦目的の大食い自慢の行列ではなく、一般客ばかりの列である。

 「単なる広告ではダメなんですね。食材へのこだわりを示したり、店の雰囲気の良さをアピールするだけでは、もはや集客できなくなってきましたよ」

 「むしろ広告は嫌悪される感がありますね。”うわ、出たよ”って感じで」

 「直接的な宣伝をしても、人を動かすことはできないのかもしれませんね」

 ユーチューバーを会員に迎えたことによって、高杉を含めた十二人の店主たちは、様々なことを気づかされた。

 例えば店主たちが自身でSNSを活用していた際は、「品質」「利便性」「雰囲気」などのメッセージを発信していた。つまり自店の商品やサービスが、いかに客にとって有益なものであるのかということを、ひたすらアピールしていたわけだ。

 しかし、ユーチューバーたちが投稿する動画は、それらとは根本的に違っていた。

 彼らの動画には『遊び』の要素があったのだ。

 いやむしろ、それしかないといってもいいくらいだった。彼らはそもそも、利用した我々の店を紹介したり、アピールしたりする気はまったくないような印象があった。このレペゼン堀江の仕組みが面白そうだから入会し、自身が楽しんでいるその過程を撮影したものにテロップをつけ、「その日の動画」として投稿している様子だった。

 つまり最初から、宣伝用の動画を撮影しようなどとは思っていなかったのではないだろうか。単に自分が遊んでいるところを撮影し、そして視聴者とディスカッションを交わしながら、そこから企画を派生させて生み出しているような印象があった。

 もちろん遊びとはいえ、画面に映る演者として過剰に自分を演出したり、視聴者の興味をそそる企画を考えたりと、様々な苦労は経ているのだろう。けれどもその根底にあるのは、仕事ではなく、純粋に楽しいものを生み出そうという「創造意欲」なのではないかと高杉たちは思った。

 「仮屋崎さんのところは”観葉植物をゼロから育ててみよう”でしたっけ?」

 「ええそうですよ。まさか、完成品じゃなくて、種が売れるなんて考えたこともなかったです」

 花屋店主の仮屋崎が眉を寄せながら答えた。

 「積木さんがやってた”新居丸々コーディネート”はどうなりました?」

 「あれから”同じテイストの部屋にしてほしい!”という依頼が何件か入りました。自分がインテリアコーディネーターになるとは思いませんでしたよ」

 雑貨屋店主の積木は戸惑いとも喜びともつかぬ表情を浮かべた。業務内容の転換を迫られるほどの客の反応に、嬉しい悲鳴を上げているのだろう。

 彼らに起こった出来事からも分かるように、いまの世の中には本当に多種多様なユーチューバーが存在することを高杉たちは知った。

 ほんの一、二年前までは、わずか数名の著名なユーチューバーだけがこの仕事を生業にしているという印象だったが、現在のその総数はもはや想像も及ばない。毎年学校側が進路の一つとして案内しているのではないかと思うほど、レペゼン堀江には個性溢れるユーチューバーたちが入会してきた。

 もはやここまでくると彼らを理解することも無意味に思えてくる。言ってしまえば、とりあえずチャンネル登録者数が多ければ、自分たちにとっては必要十分となる。そのユーチューバーが投稿している動画を高杉たちが精査したところで、その内容が自分たちに及ぼす影響など分かりっこないからだ。

 「なんだか真面目にホームページなんか作っていたのが馬鹿らしく思えてきますよ」

 「まったくですね。口コミサイトの評価なんて、もう気にしていないですしね」

 「やっとあの呪縛から解放されましたよ。ざまあみろという感じです」

 「あははははは」

 最近はこのような、店主たちの笑い声が絶えない打ち合わせになっていた。あの一回目の殺伐とした雰囲気が嘘のようである。

 そしてこの加盟店の盛況ぶりは、高杉たちの不動産屋にも良い影響を与えていた。

 レペゼン堀江では、この堀江を「ユーチューバーの街にする」という理念を掲げ、チャンネル登録者数の多い、いわゆる”勝ち組ユーチューバー”たちを積極的に街に誘致した。半年ではまだ理念の完全なる実現には至っていないが、その影響は部屋探しに訪れた客たちに少しずつ表れ始めていた。

 この街のマンションへ、と入居を希望する者が、以前よりも圧倒的に増えたのである。

 賃貸マンションの仲介を生業とする高杉の店では、その潮流をスタッフ全員が肌で感じていた。少しずつだが着実に変化は起こっている。その証拠に店のひと月の来客数は、開店以来ずっとベストを更新し続けていたのだった。

 彼はこれ以上ない達成感を感じていた。これこそがまさに、高杉が思い描いていた理想の未来図であったからだ。

 堀江に遊びに行きたい=来訪者の増加

 堀江で商売をしたい=事業者の増加

 堀江に住みたい=入居者の増加

 堀江に訪れる人が増えればこの街の事業者たちが潤う。そして来訪者が増えれば、この街で商売を希望する事業者が増えるためにテナントが埋まり、ビルの家主たちが潤う。そして堀江の街が活気づけば、この街に住みたいと希望する人が増えるため、部屋探しの仲介をする自分たち不動産屋が潤う。

 「三方(さんぽう)良し」高杉はこの言葉が大好きだった。

 自分が発案した企画によって、そこに参加する皆に利が生まれ、皆が喜びを感じられるようになる。それが、高杉が理想とする事業の形であった。

 この半年間でようやくその土台は築けたはずだ、と高杉は確信している。

 

 

 宴もたけなわ。小一時間笑いの絶えなかった打ち合わせもそろそろ締め時だ。あと三十分でダイニングカフェの夜の部の営業が始まる。

 「それでは皆さん、そろそろお開きにしましょう。また来月もよろしくお願いします。今日はありがとうございました」

 高杉が締めの挨拶を述べると、全員の拍手がそれに続いた。

 立ち上がって帰り支度を始める店主たち。まだ名残惜しそうに馬場が大声で告げた。

 「来月はまた新しい店主を連れてきますよ」

 その言葉に米田が続く。

 「こうなったらもう堀江の店舗を全店加盟させましょう!」

 「おお、そうしましょう! 真の意味で全員参加ですね」

 米田はまた調子の良いことを言う。

 当初あれだけ反対していた二人。現金な人間というか切り替えが早いというか。まったくもって分かりやすい二人である。

 ・・ただ全店参加も現実味を帯びてきたな。

 高杉はその未来図に思いを馳せてみた。

 そうなるといよいよ都市開発。いち街の不動産屋がそんなことを成し遂げたとなると・・

 「高杉さん、本当にあなたのお陰ですよ」

 高杉のその妄想を打ち切るかのように、アパレルショップ経営者の奈井木が声をかけてきた。

 「いえいえ、全員の力を結集させた結果です。奈井木さんのところも好調なようですね」

 「お陰様で。有り難い限りです」

 著名なユーチューバーのお気に入りとなった奈井木の店の服は、現在飛ぶような売れ行きを見せているらしい。元々、奈井木が新規で立ち上げたブランドの洋服屋であったために、知名度の広がりと共にその人気は加速度を増していた。今ではわざわざ県外から買いにくる客もいるらしい。

 「馬場さんに誘われた時は正直迷いましたが、思い切って参加を決めてよかったです」

 高杉にとってもアパレルショップがこの企画に参加してくれたことは大変喜ばしいことだった。

 「奈井木さんが加盟してくれた相乗効果で全員が潤っています。ありがとうございます」

 高杉は若き経営者に頭を垂れた。

 「いやあ、頭をあげてくださいよ。やっぱりみんなが潤うってのが一番ですね」

 高杉はまさに同意見だった。

 「最初からあいつらを使えばよかったんですね。頑張ってSNSをやっていたのが本当、バカみたいでした」

 「あはは・・まあ、そうかもしれませんね」
 
 その若き経営者の発した言葉は高杉の脳裏に一抹の不安を予感させたが、早いところこの店を開け渡そうと閉口したまま出口へと急いだ。

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