2021/08/23
この街の不動産屋さん 11
※このタイミングですのであらかじめ断っておきます。当小説はフィクションです。現時点で法改正はされていません。ここに書かれている内容は「もしもあの時にこうなっていたら」という妄想世界の日本の話だと解釈していただければと思います。近日再発令されるであろう宣言とは全く内容を異にします。
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高杉の不動産会社を発起人とするレペゼン堀江プロジェクトは、開始から一年を超え、繁栄の全盛を迎えた。
イタリア料理店、ラーメン屋、ダイニングカフェ、ケーキ屋、居酒屋、美容院の六店舗から始まった加盟店も今や四十を超え、商店街や温泉街に代表される「組合」の様相を呈していた。貸し会議室で行われる毎月の打ち合わせは、町興しという共同の理念の基に集う地域振興会のそれと大差はなかった。
その存在は、堀江で商売を行う事業者の誰もが知るものとなっていた。さすがに堀江に存するすべての店舗が加盟店となるには至っていなかったが、事業者たちの考える経営戦略の中に「広告を出稿するか、もしくはレペゼン堀江に加盟するか」という選択肢が浮かぶまでになっていた。かつての口コミサイトがそうであったように、堀江で商売をする事業者にとってその存在は無視できないものとなった、と形容しても誇張にはならないだろう。
その規模や認知度からいっても、まさに、プロジェクトの絶頂期にあったといえる。
しかし、起こった波が必ず消えるように、絶頂というのはそう長くは続かないらしい。
その時はついに訪れた。
「日本全土に緊急事態宣言を発令します」
それはあらかじめ予想されていたことではあった。あの脅威がいつか我が国にも訪れるであろう。いつか自分たちもあの問題と対峙せねばならぬ時がくるであろう。大多数の事業者が楽観的に捉えてはいたものの、頭の片隅にはずっと残っていた。他国の惨状を報道機関によって繰り返し目にさせられていたからだ。
その政府の宣言を境に、レペゼン堀江プロジェクトは、絶頂の峠を越えて下り坂を歩み始めていた。
「私たち、これからどうなってしまうのでしょうか?」
川上がぽつりと呟いた言葉が今となっては懐かしい、と高杉は当時を回想する。
あの眉根を寄せた川上の表情にはまだわずかに希望的観測が滲んでいた。先の見えない明日に怯えながらも、どこかでその影響を軽視していたところがあった。「ここを乗り越えればきっと大丈夫だろう」それは加盟店の店主たちもおそらく同様であったはずだ。
しかし、高杉含め店主たちの希望的観測は、二度目の政府宣言によって大きく打ち砕かれた。
「小売店・サービス業に関して営業制限を発令します」
その宣言によって生活必需品、衛生関連などの特定の事業を除き、客商売を行うすべての事業所に対して一ヶ月間の営業禁止が実質的に強制された。夜間の外出禁止や都市部の移動制限を含めた”ロックダウン(都市封鎖)”である。
日本において、欧州各国のようなロックダウンが実行不可能であることは、当初から明確にされていた。そこには法律の壁があったからだ。
新型インフルエンザ対策の特別処置法を拡大する形で施行された当法律には”強制力”がなかった。あくまで政府が実行できるのは要請の範囲でしかなく、実質的に強制力をもった制限を発令することはできなかった。
ところが最初の緊急事宣言が発令されたわずか翌月の法改正により、当法律は実行的な処置を可能とする文言へと変更されていた。「決められない政治」と散々揶揄されたあの国会審議をするりと通過したのは今でも信じ難い。「全員一丸となって奇病の制圧を」という当時の世論の後押しがあったからかもしれない。
「私たち、これからどうなってしまうのでしょうか?」
数ヶ月前に元気娘が呟いたのと同じセリフを、ダイニングカフェ店主の米田が口にした。
「ユーチューバーやインスタグラマーたちが宣伝をしてくれても、店が営業できなければどうにもなりませんね」
「加藤さんのところはまだいいじゃないですか。うちは美容院だからテイクアウトすらもできません。もう八方塞がりですよ」
馬場がうな垂れるように心中を吐露した。周りの店主たちが同意を示すように頷いている。
「丸々一ヶ月間、店を閉めろだなんて破産宣告に等しいですよ。そもそもそんなに利益の大きい商売でもないのに、そこまでの余剰資金を用意しておくなんて無理な話です」
「国の補償も全然あてになりませんしね。あんなの貰ったって雀の涙にしかなりません」
数ヶ月前の宣言の時とは異なり、今回の店主たちの嘆きは真に迫っていた。
そして高杉の不動産屋にしてもそれは同じだった。対面接客、物件同行、という不動産仲介業は当然ながら制限の対象となり、ここにいる店主たちと同様、一ヶ月間営業をすることができなかった。
〜続く〜
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