2021/08/23
この街の不動産屋さん 14の続き
〜続き〜
「それでは今日もありがとうございました。また三日後のこの時間に、よろしくお願いします」
高杉の挨拶によってオンライン会議は締めくくられた。ユーチューバーたちが続々、このオンライン上の会議室から”退出”していく。
そうして、高杉と店主たち六人による、いつもの反省会が始まった。
「いやあ、今日もしこたまやられましたね」
「まったくです。ボコボコですよ」
米田と馬場が嘆きをあげた。これは前回も同様であった。
彼らから指導を受けた後は、自分たちの方でその内容を反芻(はんすう)し、次回に向けてどのような行動をとっていくのか話し合う。その受けた指導内容、そして次回までの行動を、レペゼン堀江の他の加盟店の店主たちに共有していた。さすがに全員で押しかけるのは相手に迷惑だからだ。
便利なもので、オンライン会議に活用しているこのズーム(Zoom)というアプリケーションは、録音・録画機能も兼ね備えている。管理者である高杉が会議の一連を録画し、録画データをクラウド上に保存しておけば、あとはスマートフォンからでもワンクリックで即座に会議を閲覧することができる。こうして加盟店の店主たちは、この六人と同時進行でユーチューブの活用法を学んでいた。
「あんなに練習したのになあ」
「わざわざ台本まで作りましたからね」
「しかし彼らの考え方からすれば、そういうのは、いらぬ努力だったわけですね」
オンライン会議では終始黙っている加藤が参戦してきた。冷静な彼は、公開指導を常に後方から静観している節がある。
「相手(視聴者)に見せるものだからちゃんとした動画を作らなければいけない。そういう考え方は、間違っているんでしょうかね?」
「私たちにとってはそれが当たり前ですが」
「出来が悪いものの方がいいだなんて、ちょっと私たちにはない発想ですね」
「もしも料理に置き換えたなら信じられないことです。失敗したピザは廃棄するか、スタッフたちの賄いにしますし」
「うちのコーヒーでも考えられませんよ。スタッフに対しても、中途半端な出来のものは、決してお客さんには出させないですから」
「カットも同じです。一人前になるまでは絶対にお客さんの髪は切らせません。でないと、お客さんからの信用を失いますからね。まあ動画を見た人からお金をもらうわけではないですけど」
商売の中身は違えど、彼らは、ユーチューブを活用することに対して、同じような価値観を有しているらしい。話を聞いていた高杉の頭に『職人』の二文字が思い浮かんだ。
「こういうのは仕事に対する考え方の違いなのかな?」
「ユーチューバーである彼らにとって、動画を制作することに、仕事という感覚はあるのでしょうか」
「たぶん、仕事としてやっているわけではないですよね。遊びでやっていたのがたまたま仕事になっただけというか」
「そのあたりの感覚の違いが、考え方の違いを生むのかもしれませんね」
「遊びでやる分にはいいですよ。けど、仕事としてやるなら、やっぱりいい加減なことはできませんよ」
「ちゃんとしたものを出せよ! って思いますよね」
店主らの仕事の品質に対するこだわりは、どうやら動画の作り方に投影されているらしい。
料理人も美容師も、厳しい修行期間を経て己の技術を磨いていく。それらは店の閉店後に行なわれるため、決して一般客の知るところではないが、その下積みの期間は数年間にも及ぶ。それまでは、例えば見習いの板前なら魚を捌くことも、焼くことも、煮ることも、その一切が許されない。
そんな店主たちにとって、たどたどしい喋りやどぎまぎした様子、いわゆる「出来損ない」の動画を魅せることが視聴者にとって価値があるのだと説明されても、なかなか素直には受け取り難いのかもしれない。ましてや練習(修行)もなしに撮影に臨むなど、いい加減な取り組み姿勢に感じてしまうのも致し方ないところはある。
「ただ彼らのように、ユーチューバーとして生計を立てている人たちは、”職業:ユーチューバー”という自覚が一応あるのでは?」
「そうか、たしかにそうかもしれませんね。彼らも単なる遊びで動画を作っているわけではないのかもしれません」
「彼らなりの仕事の哲学があるのかもしれません。それが、私たちとは少し違うだけで」
「自分たちには理解できずとも、とりあえず、彼らの言うことを信じてやっていくしかないのかもしれませんね」
そうだ。自分たちでは出来なかったからこそ、彼らからの助言を求めたのだ。たとえその内容に自分たちが納得できずとも、とにかく受け入れてやっていくしかない。とにかく今は、それしかないのだ。
「皆さんも色々と思うことはあるでしょうが、なんとか踏ん張ってついていきましょう」
高杉が店主たちを鼓舞するようにそう言った。こんなところで挫折してしまうのは勿体無い。
「まあ、とにかくやってみるしかなさそうですよね」
米田がそう言うと、同意するように全員が頷いた。
「もうちょっとあの子の言い方が柔らかくなればいいんですけどね」
全員が大きな笑い声をあげた。もちろんあの子とは小西を指している。
ひとまず店主たちの志はまだ折れていないらしい。この危機的状況の中、店を営業することもできず、他に頼るものもない以上、やはりここに賭けるしかないのだろう。
レペゼン堀江の会員資格にユーチューバーを設定していたのはこれが目的ではないが、こうなってしまえば渡りに船。使わない手はない。
ただ、他の加盟店の店主たちはどんな気持ちでいるだろうか? 高杉からすれば、こうすることがきっと、加盟店の店主たちにとって有益な手段であると信じている。しかしここにいる六人を除けば、当の本人たちはどう思っているかわからない。突如として訪れた危機的状況下、高杉のした思いつきのような提案に、あの時の店主たちは一も二もなく同意を示した。藁にもすがる思いだったのかもしれない。
けれども今はどうだろう? 店主たちの意識を今一度確認しておく必要がある。高杉はそう思った
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約一ヶ月半にわたって綴ってきたこの小説にも、そろそろ区切りをつけようと思います。
この物語の”次なる展開”を決めました。
詳細については、またその時に、お伝えいたします。
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