2021/08/23
この街の不動産屋さん 15
「高杉さん。私らは、私らのやり方で頑張ってみます」
そう言われると高杉は妙に納得した思いがした。
店主たちだったらおそらくそう言うであろう。元々経営者というのは己を信じて突き進む人種。他人の判断に自分の人生を預けることなどしないであろう、と。
レペゼン堀江の加盟店の店主たちは「五人の若者に店の命運を託すことはできない」という判断に至ったようだ。ある一部の者を除いて。
ある者は「自分なりのやり方でユーチューブをやってみます」と言った。そしてまたある者は「自分の商売をもう一度見直してみます」と言った。若きユーチューバーを師と仰ぐのを嫌ったのか、あるいはユーチューブという現代のエンタメビジネスにうつつを抜かした自分を恥じ、本業の商売で真っ当にこの窮地と向き合おうと決意を改めたのか、その決断の真意は本人にしかわからない。
彼らがどんな決断をしたにしても、それに対して高杉が口を挟むことはできない。なぜなら、何が正しいのかなんて、誰にも分からないからだ。
商売の世界に絶対は無い。相手が、すなわちお客様が人間である以上、やる前から商売の成功が100%確約されることなどありえない。人間の心は常に移ろいゆくもの。一度うまくいったものが、今度も絶対にうまくいくとは限らないのだ。商売をするにあたっては、失敗のリスクは減らせても、成功の確率を100%にすることは不可能だといわれている。
この未曾有の危機を乗り越えるために自分たちが何をするべきなのか? それは、各々の信念に従って決めるべきことであろうと高杉は思った。決して後悔することのないように。
高杉自身は、客の心と同じように経営者の考え方も時代の変化に柔軟に対応してゆく必要がある。その先輩経営者からの教えを信じていた。
「前回のオンライン会議、見ましたよ」
声をかけてきたのはアパレルショップ経営者の奈井木だった。彼は二十八歳という若さで自身のブランドを立ち上げ、堀江に実店舗を構えている。
「米田さんも馬場さんもひっどい言われようでしたね。もう、途中から笑えてきましたよ」
苦笑いを浮かべながら言ったその言葉は、まるで二人の気持ちを代弁しているようでもあった。高杉も少し気の毒に思いながらその様子を眺めていた。
「彼らも遠慮がないですからね。ただ率直に言ってもらえると、こちらも何をやるべきかが明確になるので、その面では助かりますが」
高杉はできるだけ中立的な言い方を心がけた。これから奈井木が下す決断に、自分が影響力を与えてしまわないように。
四十の加盟店の店主たち大半が自立的な決断を下す中、残ったのが奈井木、花屋店主の仮屋崎、雑貨屋店主の積木という、あの三人だった。彼らは共にユーチューバーから多大なる恩恵を授かった三人である。
目の前にいる奈井木を筆頭に、彼らは一様に「もう少しだけ様子を見たい」と言った。おそらく彼らこそが、ユーチューブが巻き起こす奇怪な現象、それでいて利用者にもたらされる未知なる可能性を、もっとも肌で感じた店主だったからであろう。
「次のオンライン会議、私たちも出席させてもらえませんか?」
高杉にそれを断る理由は浮かばなかった。
〜続く〜
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