2020/12/23

この街の不動産屋さん 3の続き

 

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〜続き〜

 「私からあれこれ言う前にお客様の感想を聞きましょう。大沢さん、接客を受けてみてどうでしたか?」

 川上のロールプレイングを止めた瀬下は淡々と進行した。努めて感情を殺しているように聞こえる。

 「そうですね、とても元気があって楽しい部屋探しになりそうだなと思いました。あと話をリードして、次へ次へと進めてくれるので、とても頼もしく感じました。もう少し希望を聞いて欲しかったな、とは思いましたが」

 大沢は穏やかに”お客様の声”を述べた。最後の部分が話の要点だろう。それ以外も決してお世辞で言っているわけではないはずだ。それこそが川上の良さなのだから。

 「川上さん」

 「・・はい」

 瀬下の呼びかけに川上は消え入るような声で返事をした。

 「自分ではどう感じましたか?」

 「私って、本当に傲慢だなと思いました。自分の価値観を一方的に押しつけて」

 瀬下は黙って聞いているようだ。

 「どうしてこうなるんだろう。・・だけど、お客さんのことを思うと強く言わずにはいられないんです」

 相手をじっと見据える瀬下の姿が高杉の頭に浮かんだ。詰問するわけではなく、かといって受容するわけでもない。ほどよく漂う緊張感が間仕切りを挟んだ高杉にも伝わってくる。引率するのはあの瀬下なのだ。何の心配もいらない。

 「もう自分が嫌になります。これでは部屋探しのアドバイザー失格ですね」

 目に涙を溜めた川上の様子が思い浮かぶ。今にも嗚咽が聞こえてきそうだ。

 「そうでしょうか? 私はそうは思いません」

 「えっ?」

 「お客様の手を引いて目的地に連れていくのが我々の仕事です。そのためには多少強引にならざるを得ない場面もあるでしょう。助言とお節介は紙一重ですから。それでも相手に振り回されるよりはましです。方向性を失った挙句、張りぼての部屋を掴んで困るのはお客様自身ですから」

 「はあ・・」

 川上は少し戸惑っているのかもしれない。

 「問題なのは”決断する権利”です」

 「決断する権利、ですか?」

 「目的地まで手を引いていくとはいえ、最後の一歩を踏み出すのはお客様の意思です。アドバイザーがそれを指図することはできません。我々ができるのは目的地に連れて行くところまで。最後の意思まで侵害してはいけません。なぜなら、決断する権利があるのは、お客様だけなのですから」

 「・・なるほど。たしかにそうですね」

 「その点さえ理解していれば、川上さんはきっと、お客様にとって頼れるアドバイザーとなるはずですよ」

 「決断する権利・・なんか、少し自信が湧いてきたかもしれません」

 川上の長所を潰すことなく修正点を的確に指摘する。本質を見抜くことに長けた瀬下だからこその指導だ。高杉にはとても真似できない。

 指導が節目を迎えたことを感じた高杉は、バックヤードから顔を出して三人に告げた。

 「それでは片付けをしてお店に向かいましょうか」

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