2021/08/23
この街の不動産屋さん 4の続き
〜続き〜
「高杉社長と瀬下さんって、元同僚だったんですか?」
川上が殻をむいたピスタチオを口に放り込んで言った。頬が少し紅潮している。
「そうですよ。所属していた店舗は違いましたけどね」
瀬下は右手で掴んだデカンタを傾けながら答えた。花瓶のような容器からグラスに白ワインが注がれる。手酌でいこう、という瀬下の言葉を受けた二人は、背もたれに腰を落ち着けていた。
「ライバルだったという話を社長から聞きました」
大沢がちらりと高杉を見て言った。手に持ったグラスにはオレンジジュースが満たされている。
「はっはっは、ライバルか。なんだか懐かしいな。たしかに、お互いに店長になる前は、そうだったかもしれない」
瀬下が少し照れ臭そうに答えた。こんなふうに破顔する瀬下を初めて目にした二人は、思わず椅子から前のめりになった。胸の高鳴りを抑えられないらしい。
「最初のうちはさ、ずっと犬猿の仲だったんだよ」
高杉が悪戯っぽい笑みを浮かべて話に入ってきた。
「新入社員の頃は、お互いに岡山出身ってことで二言三言会話を交わしてたんだけど、あまりに性格が違うものだからだんだんと仲が悪くなってきてさ。営業成績を争うようになってからはもう、目も合わさなくなってた」
意外です、と言いながら二人は顔を見合わせている。
「だけどお互いの立場が変わって、お互いの悩みが変化しだすと、自然と関係性も変わってきてさ。気づいたら二人で飲みに行くようになってたよな?」
高杉は親友との思い出を語るような口調で言った。
「雪解けまでが長かった。だからその分、打ち解けてからは早かったな」
腕を組んだ瀬下が、しみじみと噛みしめるように言った。
「大沢さんはグランディアにいたんですよね?」
さり気なく瀬下は話題を変えた。あまりこの話題を引っぱらない方が懸命だと判断したらしい。
「ちょうど三年ですね。その間にいろんなことを学びました」
大沢は少し含みをもたせた言い方をした。
「グランディアで三年も勤めたというのは大したものですよ。まずどの不動産屋に行っても通用すると思います」
賃貸のグランディアといえばこの業界ではよく知られた存在だった。設立以来関西圏で店舗をどんどん増やしていき、わずか数年の間に業界内でその地位を確立させた。全国展開に成功したラーメンチェーンも活用した「のれん分け制度」を当初から取り入れ、独立志向の強い社員たちと協調しながら店舗数を拡大させてきた。
その社風の厳しさは業界内随一といわれ、生半可な覚悟で門を叩いた者たちの背筋は一様に真っ直ぐに正された。営業成績の良い社員が会社から重宝される一方で、ノルマを果たせない社員は全社的な辱めを受けた。結果を出せない社員は常に会社からふるいにかけられるのだ。そうやって優秀な者を抱え込むのと同時に、タフな精神力をもつ社員へと鍛え上げた。ある意味では再生工場のような場であったといってもいい。
三年間勤務していたということは、少なくとも大沢は、結果の出せない社員ではなかったようだ。
「前の会社にはとても感謝しています。僕をここまで育ててくれたわけですから。けれどもやはり、数字ばかりを追い求めるのには限界を感じました。そんな時にたまたま高杉社長がやっていたインスタグラムを見つけたんです」
「へえ、それは偶然ですね」
「このやり方は面白いと衝撃を受けました。それでフォローをしていたら、会社をやりますというお知らせが届いたので、すぐにダイレクトメッセージを送りました」
「何と送ったんですか?」
「”僕も一緒にレペゼンさせて下さい”って」
高杉は数ヶ月前のことを思い出して笑みをこぼした。その大胆さもさることながら、自分の売り込み方も抜群にうまいと感じた。たったの一行で、高杉の掲げた理念への理解を示すことと、自分の存在感を強く印象づけるという二点を成し遂げたのだ。面接で実際に会った時のギャップに驚き、高杉はさらなる好印象を抱かされてしまったのだった。
「すごい。めちゃくちゃドラマティックな出会いですね。私は求人サイトから応募したから、いたって普通の流れでした」
川上が少ししょげたように言った。
「川上さんはアパレル業界にいたんですよね? それも結構珍しいケースだと思います」
瀬下が気にするなと首をふって会話を進める。
「とてもやりがいを感じていたんですけどね・・でも大沢さんじゃないけど、私も、お客さんに対してもっと総合的なコーディネートをしたいなと思って。洋服だけじゃなくて、インテリアとか、お部屋のカーテンや家具とか。そんな時にこの会社の求人を見つけて、なんか、強い運命を感じたんですよね」
「そうなんですか。いやあ、二人とも、偶然にして絶妙なタイミングだったんですね」
高杉も同意見だった。面接時に二人から志望動機を聞いた時は何か運命的なものを感じた。面接を受ける者とは往々にしてそのように演出するものだとは思うが、二人の話は、明らかにとってつけたものではないことを高杉に感じさせたのだった。
「新しくオープンした不動産屋の方々ですか?」
そう言われて四人が顔をあげると、テーブルから下げた皿を手に持った、一人の店員が立っていた。
〜続く〜
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