2021/01/18

この街の不動産屋さん 5の続きの続き

 

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〜続き〜

 高杉は店主の加藤を真っ直ぐに見据えていた。そこには自信もさることながら、これから自身が成し遂げようとすることに対する揺るぎない信念がこもっていた。

 その彼の振る舞いは、彼の頭の中に描かれているものが単なる便利サイトに留まらない、もっと壮大な”何か”であることを見る者に感じさせた。

 川上と大沢にしてもそれは例外ではなかった。彼らは、自分たちがまだ自社の理念を十分に理解していなかったのだと、この時にはっきりと思い知らされたのだった。

 「個人でアピールをするのは限界があると思いませんか?」

 「えっ?」

 高杉の突拍子もない言葉に加藤は戸惑った。この男は突然何を言い出すのだろうか。

 「今やどの店も、利用者の口コミやレビューで評価され、ランキングで順番に並べられます。実質的に、同じ街で営業する店同士が競争を繰り広げています。他の店よりも自店が上位へ、他の店よりも自店が高い評価を、という具合に」

 加藤は黙ってこくんと頷いている。

 「だけど考えたらそれはとても勿体無いことです」

 「どうしてですか?」

 「なぜなら利用客は、その街を訪れた際に、その店だけでお金を使うわけではないのですから」

 洋服を買いに行ったついでに雑貨屋に寄り、家具屋に寄り、カフェでお茶をして、食事をして帰る。自分の休日の行動パターンを振り返るとたしかにその通りだと川上は思った。

 「街を訪れる人が増えれば増えるほど、自店に来店するお客さんも増えるはずなのです。だから本来であれば、この街で商売をしている人たちは、みんなで協力するべきだとは思いませんか?」

 「うーん、まあ大きく考えればそうかもしれませんが」

 だけどそれは単なる理想論に過ぎないのでは? という思いが加藤を不服にさせた。たしかに自分も以前に似たような考えをもったことはある。けれども誰もが自店のことを考えるだけで精一杯だ。とても他の店と共同で何かをするなんてことまでは考えられないし、もちろん街全体のことまで考えている余裕などない。

 「それぞれが個別に店の良さをアピールしていたのでは、相乗効果は生まれないと思います」

 「それはたしかにその通りかもしれません。ですが、具体的にどうするのですか?」

 そうですよと大沢は声に出して言いたかった。加藤店主の疑問はもっともだ。たしかに自分は、高杉社長の掲げた理念に共感した。それはまさに理想世界の実現であると思う。だけど理想と現実は違う。理屈で考えればもっともらしいことでも、現実ではその逆になることが往々にしてあるのだ。

 「加藤さんに一つお聞きしたいのですが」

 「なんですか」

 「一言で言い表すと、堀江はどんな街だと思いますか?」

 「どんな街?」

 加藤はこのまどろっこしい問答に苛立ちを感じ始めていた。理想を語るだけでは商売はやっていけない。そんな甘い世界ではないのだ。

 「おしゃれな街。じゃないですか?」

 「はい、私もそう思います」

 この男は自分をからかっているのだろうか? 己の人物眼が衰えてしまったのかと加藤は疑った。この高杉という男は単なるチャラついた経営者ではないと出会った時に感じた。だけどそれはとんだ勘違いだったのかもしれないと思い始めていた。

 「ただ、おしゃれな街なら他にもたくさんあります。それだけではこの街を訪れる人は増えていきません」

 だからどうするんだよ? 加藤の怒号が喉元まで出かかったところで高杉が話の主題を述べた。

 「だから自分たちで価値を生み出すんです」

 「価値?」

 「そうです。堀江の街を訪れることによる価値。堀江の街に住むことによる価値。この街におしゃれ以外の価値を生み出します」

 高杉はそこで少し間をとってからこう言った。

 「私たちの手で堀江に新たな価値を『創造する』のです」

 高杉が述べたその主題に対して、イタリア料理店店主の加藤は、妙な感覚を覚えていた。

 それは決して容易なことではない。だがすぐさま否定することでもない。検討すべき余地はある。いや、むしろ積極的に取りかかるべきことなのではないか。もしかするとこれこそが未来につながる希望の光なのではないか。

 そんな思いが本人の口から意外な言葉を引き出した。

 「・・面白そうですね」

 その瞬間、諦めムードが漂っていた店内の空気は一転した。

 「そうでしょう? 絶対に面白いですよ」

 高杉が胸を張ってそう断言した。

 「初めての歓迎会がうちの店・・まあ、これも何かの縁ですし、いっちょうやってみましょうか?」

 川上と大沢が椅子から立ち上がってハイタッチを交わした。

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