2021/08/23

この街の不動産屋さん 5の続き

 

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〜続き〜

 イタリア料理店の店主加藤は、その言葉の意味を計りかねていた。ポップには「レペゼン堀江」というサイト名とURLが印字されている。

 「堀江の空き物件を紹介しているんですか?」

 「いえ、堀江の街を紹介しています」

 高杉の返答を聞いた加藤はますます混乱したような表情を浮かべた。

 「街のことに詳しい不動産屋がこの街を紹介する。そんな活動をしています」

 「はあ、なるほど」

 その説明には違和感を抱かなかったらしい。その加藤の反応は、高杉たちに幾ばくかの自信を感じさせた。

 「そうすると、物件だけでなく、堀江にある飲食店なんかも紹介しているということでしょうか?」

 「そういうことです」

 話が確信に迫ってきた。俄然、高杉たちの握る拳にも力が入る。

 「ふーん・・」

 加藤の煮え切らない態度に高杉たちはどぎまぎした。堪らず高杉が口火を切る。

 「興味はありますか?」

 できるだけ平坦な声でそう問いかけた。相手に決して威圧感を与えないように。まるで下心を隠して女性に声をかける男性のようだが、彼らの心にあるのは、使命感という強い目的意識なのだ。

 「興味が無いことはないのですが・・」

 思わず全員の姿勢が前のめりになる。川上と大沢は、もはや隠すこともなく加藤の方に目を向けている。

 「ただ、そのようなサイトは既にたくさんあるように感じます」

 やはりそうなるか、という思いが川上と大沢の胸に浮かんだ。彼らが街の店主たちに話を持ちかけた時と同様の反応だった。

 「今や飲食店にとって口コミサイトは無視できない存在です。サイトに掲載されている情報は、基本的に店の利用者の投稿によって構成されていますが、全く関与せずに放っておくことは難しくなってきました。店側から写真や情報を掲載したり、営業さんに広告掲載を依頼することもあります。他にも割引クーポンや限定プランを提供しているサイトなどもあります」

 来店客が口コミサイトで事前の下調べを行うのはもはや一般的なことだ。店の評判が客足を左右する飲食店にとって、それを野放しにしておくのは難しいことなのかもしれない。また広告費用も新規客獲得のためには必要経費に上がってくるだろう。

 「自分たちのホームページも持っていますし、インスタグラムやフェイスブックもやっています。以前はブログも更新していました。ツイッターを使っていた時期もあります」

 この情報社会において、無料で自分たちの情報を発信できるSNSを利用しない手はない。加工した画像や動画を簡単に投稿できるうえに、それらはユーザーたちの”いいね!”によって拡散されていく。可能性のことを考えれば、やはりこれらも無視できない存在だといえる。

 「もちろん今言ったすべてにテコ入れをしているわけではないですが、私たちは店を営業しながら、そしてピザのことも考えながら、それらに日々、時間とお金を費やしています」

 仕入れ、仕込み、片付け、清掃。ただでさえ材料費と手間がかかる飲食店にとって、この情報社会の仕組みは、決して歓迎されたものではないのかもしれない。

 「これ以上手を広げるのは無謀だといえます。ですので、仮にレペゼン堀江が集客につながるのだとしても、積極的に利用したいとは思わないというのが私の本音ですね」

 加藤は終始真顔で自身が消極的である理由を述べた。それが彼にとっての誠実を示す態度だったのかもしれない。あるいは、現在の社会の仕組みに苦言を呈す意思が込められていたのかもしれない。

 その加藤の答えを離れて聞いていた川上と大沢の両名は、納得に似た気持ちを感じていた。

 二人が予想した通りの結果だった。自分たちの営業トークが悪かったわけではなかった。一ヶ月間広報活動を続けてきて満足な成果が上がらなかったのも、やはり止むを得ないことだったのだ。

 それ見たことかと言わんばかりの思いが高杉の背中へと向けられた。

 ところが、高杉の口から出てきたのは予想だにしない言葉だった。

 「ええ、加藤さんの苦労は痛いほどよく分かります。飲食店や美容院を経営されている方々は、みなさん似たような苦労をされているのではないかと思います」

 高杉は至って冷静だった。まるで加藤の言葉を予期していたかのように。

 「するとレペゼン堀江とは、飲食店の口コミサイトや、美容院の予約サイトなどとは、異なるサイトだということですか?」

 イタリア料理店店主の加藤。不動産屋スタッフの川上と大沢。三者の視線は高杉社長へと一点集中した。

 「はっきり言いまして、それらとは趣旨がまったく異なります」

 

〜続く〜

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