2020/12/23

この街の不動産屋さん 5

 

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 「落ち着いた雰囲気の店ですね。色合いが温かくてすごく心地良いです」

 加藤は開口一番に店の雰囲気を褒めた。それはまさに本人の意識を象徴するようだった。

 昨日とは打って変わって私服姿で現れた加藤は、その随所にセンスの良さを感じさせた。胸元を軽く開けた生成り(きなり)のリネンシャツに足元を捲り上げた濃いデニムパンツ。ベルトの通った黒革のサンダルが全体を引き締めて見窄らしさを感じさせない。折り曲げたシャツの袖口からはさり気なくシルバーのブレスレットが光っている。その装いが口元の髭と相まって渋い大人の男性を演出していた。

 川上が少しぽうっとなっていると、それを察したのか、隣の大沢が受付を引き継いだ。

 「昨日はスタッフ一同お世話になりました。えっと、今日は・・?」

 「ああ、すいません。堀江のどこかに店舗の空きが出ていないかな? と思いまして」

 やんわりと要件を尋ねた大沢の心境を感じ取り、加藤は慌てて来訪の目的を伝えた。

 「店舗用の物件をお探しなんですね。どうぞ。こちらにおかけ下さい」

 大沢が促すのと同時にバックヤードから高杉が出てきた。

 「どうも。いらっしゃいませ。昨日はありがとうございました」

 「いえいえ、こちらこそご来店ありがとうございました。あらためまして私、加藤と申します」

 渋い中年男性は胸元から名刺入れを取り出しカウンター越しにそれを差し出した。

 両手で受け取った高杉が素早く肩書きに目を通す。

 「やはり店主さんでしたか。あの店のこだわりや、加藤さんの振る舞いから、ご自身で経営されているのだろうと感じていました」

 オーナーですか? と質問するのはなんとなくはばかられる。こちらには何の意図もなかろうとも、その答えによって妙な気まずさが流れることは往々にしてあるからだ。

 「高杉さんもこの店の社長さんですよね。以後もよろしくお願いします」

 高杉は急に戦友を得たような気分になった。

 「二店舗目の出店を考えられているんですね。あの店の盛況ぶりからすれば当然だと思います」

 「満席で何度かお断りしたお客さんもいるので、やはり近くにもう一店舗ほしいんです」

 「ちなみに階数にこだわりはありますか?」

 「一階(路面店)がいいです」

 「なるほど。一階ですか・・」

 人気の商業エリアの一階のテナントが空室になっていることはまずもってない。路面に面しているか否かで店舗の売上は大きく変わるため、一階のテナントに関しては、常に空室情報を求めて長蛇の列が形成されている。

 その列には当然、大企業も並んでいる。ゆえに空室の情報が広く知らされないまま店舗が入れ替わるケースもたまにある。家主側が選り好みをしたうえで水面下で賃借人と契約を進めるのだ。大規模な商業施設や一等地のテナントの空き情報などは、上場間近の未公開株式の銘柄よろしく、一般には出回りにくい希少価値の高い情報とされている。

 「・・今のところ空きの情報は出ていないですね」

 高杉が堀江エリアのテナントの空き情報を調べたうえで返答した。

 「やっぱりそうですよね。残念だな・・」

 店主の加藤は少し肩を落として言った。その答えを聞くのは初めてではないらしい。

 「空きの情報が入ってきたらすぐにお伝えします」

 「よろしくお願いします」

 そう言って立ち上がろうとした加藤の動きが、カウンターに置いてあったポップを見つけて停止した。

 「レペゼン堀江・・?」

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