2021/08/23

この街の不動産屋さん 7の続きの続き

 

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度々夜遅くの配信をしてしまいごめんなさい。

もっと早く書けるようになりたい・・

 

〜続き〜

 高杉の問いは、加藤にわずかな困惑をもたらした。

 「堀江の店主に知り合いですか? もちろんたくさんいますよ」

 「おお、それは何よりですね」

 飲食店の店主たちは繋がりを有する、ということを高杉は知っていた。そのため加藤の返答は高杉が想定していた通りのものであった。

 飲食店は常連客の存在によって経営が成り立っている。

 一度店を訪れた客のうち、誰一人として再来店を獲得できなければ、その飲食店は間違いなく経営破綻するといっていい。なぜなら新規に店を訪れる客は先細りしていくばかりだからだ。訪れた客を満足させられない店が潰れるのは当然の道理である。

 そしてその店の常連客は近隣の飲食店も利用していることが大半だ。とくに仕事上の接待などは、普段からよく訪れている街を接待の場として利用することが多く、その街の店々を”はしごする”という形で行われることが多いからだ。

 この場合、店主同士が知り合いであった方が、お互いにとって利益がある。

 例えば食事を終えた常連客に「どこか良い飲み屋を知らないか?」と聞かれた際に、自分の知り合いにカウンターバーの店主がいればその店を紹介するだろう。またカウンターバーの常連客に「今度のデート用にどこか良いイタリアンの店を知らないか?」と聞かれれば、知り合いが経営するイタリア料理店を紹介するだろう。見ず知らずの店よりも、顔見知りの店主の店を紹介する方が、紹介する側にとっても安心だからだ。

 こうして紹介し合うことによってお互いの店の客数が増える。

 そして常連客というのは、更なる常連客をその店に連れてくる。知人と店に来店し、その知人が次回に別の知人と来店し、またその知人が次の機会に別の知人と来店する。口コミで店の評判が広まるのと同様に人が人を呼び込む。そうやって店を訪れる常連客というのはネズミ算式に増えていくものなのだ。

 こうした理由から、同じ街の飲食店の店主たちは横の繋がりをもっていることが多い。その慣習を知人の経営者から聞いて知っていた高杉は、最初の一人とさえ話ができれば、その後はどうにかなるだろうという頭があったのだった。ところが・・

 「加藤さんの知り合いの店主の方々にも、レペゼン堀江のプロジェクトに加わってもらうことはできませんか?」

 これが今回の打ち合わせの主題であった。高杉は加藤を真っ直ぐに見据えている。

 「私から話を通すことはもちろん可能ですよ」

 加藤の目線は少し横に逸れた。

 「それは助かります。ぜひお願い・・」

 「ただですね、このまま話をしてもおそらく断られるだけです」

 高杉の言葉は途中で切られた。

 「具体的にどうやって街に人々を呼び込むのか? そして呼び込んだ人々をどうやって私たちの店の売上につなげるのか? その点がはっきりしていなければ誰も興味を示さないでしょう。漠然としたアイディアでは彼らを説得することはできません」

 相手の立場になってみれば加藤の言うことはもっともだろう。ただでさえ忙しい飲食店の店主たちが、無用なことに時間を費やすのを嫌うのは当然のことだ。

 「まさか、それはみんなで考えていきましょう、という話ではないですよね?」

 話を仲介する立場である加藤の表情には若干憤怒の色が浮かんでいた。返答次第では自分も降りかねないといった感じである。

 川上も大沢も断られっぱなしだったのだ。いくら加藤が話に賛同してくれたとはいえ、それだけですんなりと話が進んでいくほど甘くはない。

 最初から誰もが飛びついてくるような話であったのならば、既にレペゼン堀江には長蛇の列が並んでいるはずなのだ。けれども実際はその真逆である。

 今回加藤が話に乗ってくれたのも、ひょんなご縁が導いてくれた偶然の産物に過ぎなかったのだ。周りの知人に対してこのご縁の力は通用しない。

 しかし高杉はその質問に答えることはせず、カウンターの引き出しに手をかけた。そして加藤の目の前に一枚の紙を差し出した。箇条書きが記してある一番上には赤文字が見える。

 「これを見て下さい。これが、私が数年間かけて考えたレペゼン堀江の仕組みです」

 加藤は目の前に出された紙に目を走らせた。

 そしてしばらく黙した後、顔を上げてこう言った。

 「これは・・でも、果たして実現可能なのでしょうか?」

 赤文字で「社外秘」と書かれたその紙を前に、高杉は深く頷いてみせた。

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