2020/12/23

この街の不動産屋さん 8の最後

 

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〜続き〜

 「レペゼン堀江プロジェクトは、最初に皆さんに損をしていただこうと思っています」

 高杉のその言葉は店主たちの怒りを買うどころか、むしろ五人を呆れ返らせた。

 「あなたは一体何を言っているんですか?」

 美容院経営者の馬場は苦笑を浮かべた。

 「加藤さん、こんな馬鹿げた話を私たちに聞かせたかったのですか? 得があるというから今日は来たんですよ」

 ダイニングカフェ店主の米田が詰め寄るように言った。

 「とりあえず話を最後まで聞きましょう。馬鹿馬鹿しいかどうかは、内容を全部聞いてから判断してもらえればと思います」

 加藤が五人をなだめるようにそう言った。事前に内容を聞かされていなければきっと自分も同じ反応だったに違いない、と彼は心の中で思っていた。

 「誰彼構わず利用し放題にするわけではありません。会員の入会には一定の条件を設けます」

 月額一万円で堀江の加盟店を利用し放題。これがレペゼン堀江プロジェクトの概要だった。

 レペゼン堀江の会員になった者は、加盟店の飲食店や美容院などを無制限に利用することができる。仮にここにいる店主たちが加盟店となれば、ダイニングカフェ、ラーメン屋、居酒屋、ケーキ屋、美容院、そしてイタリア料理店を月一万円ぽっきりで好きなだけ堪能できるということだ。

 「その条件を説明する前に、皆さんはSNSで自分の店の情報を発信されていますか?」

 とっとと話を進めろ、といった感じで五人は投げやりに頷いた。

 「その効果はどうですか? 実際に新規客の来店に繋がっていますか?」

 五人は返事をしなかったが、それが答えだと高杉は解釈した。

 「おそらくあまり効果は上がっていないのではないかと存じます。私の店もそうです。どれだけ「いいね!」がたくさんついても、フェイスブックから来店予約が入ることなど滅多にありません。飲食店なんかはほとんど常連さんとのコミュニケーションの場になっているのではないでしょうか」

 これも知人の経営者から聞いていた話だった。そもそもSNSをうまく活用できないというのは、飲食店や美容院に限ったことではなく、どの業界にも共通している課題であった。

 「だけどそうなってしまうのも当然かもしれません。私たちはその道のプロではありませんから。私は不動産のプロですし、皆さんは料理のプロです。馬場さんはカットのプロです。そもそも通常の店の営業ですら大変なのに、さらにSNSで情報発信までするなんて至難の業です」

 話が少しずつ見えてきたのか、うつむいたりそっぽを向いていた五人の視線が高杉の方に集まりだした。

 「だから店の情報発信はSNSのプロたちに任せましょう。餅は餅屋に、です」

 「つまりはどういうことですか?」

 ダイニングカフェ店主の米田が前のめりになって聞いた。

 「レペゼン堀江の会員の入会資格は、フォロワー数が三千人以上のインスタグラマーです」

 その瞬間に五人の視線はしっかりと高杉をとらえた。

 「彼らに堀江の街を堪能してもらうことで、間接的に店の情報発信の役割を担ってもらいましょう。そうすることにより、その店の料理やサービスが多くの人の目に触れる機会が増え、宣伝効果が期待できます」

 高杉は間髪入れずに続きを説明した。

 「定額料金だと皆さんが損をすることは承知しています。しかし、その損失額は広告宣伝費なのだと認識して下さい。宣伝費用を支払うのではなくサービスを提供するのです。相手に喜んでもらうのです。効果の期待できないクーポンや割引プランに広告費用を使うくらいなら、その分をSNSのプロ集団に提供した方がずっとましだと思いませんか?」

 話を聞く五人の表情がにわかに変化してきた。

 「それぞれがそれぞれの得意なことをやるべきなんですよ。皆さんは本業のサービス、SNSはインフルエンサー。そしてそれらは個別にやるのではなく、街全体の規模でやった方がその効果もより高まるはずです」

 もはや話を遮る者は誰もいない。

 「企画者と加盟店舗と会員さん。参加者全員でこの堀江の街をレペゼン(紹介)する。それが、レペゼン堀江プロジェクトです」

 最後まで言い終えた高杉が横を見ると加藤と目が合った。彼には本当に感謝している。この企画を最後までプレゼンテーションすることができたのは、間違いなく、ここに加藤がいてくれたおかげだった。たとえ結果がどうなっても彼には感謝の気持ちしかない。

 「・・そんなにうまいこといきますかねえ?」

 当初からもっとも憤慨していた馬場が呟いた。しかしその表情は明らかに十五分前とは違う。

 「私も馬場さんと同感です。ただ、企画自体は面白いと思います。たしかに高杉さんの仰るように、自分たちでSNSを使って情報を発信してもほとんど効果がありません。私の周りでもSNSそのものを辞めてしまった店主が大半です。しかし、その重要性には誰もが気がついているはずです」

 米田は一部納得の意思を示した。否定的ではないことから、最後の一歩を踏み出すべきかまだ迷っているらしい。

 「皆さん。私がこの話を高杉さんから最初に伺った時、正直言って成功を確信することはできませんでした。しかし、頭ごなしに否定するべきではないと思いました。どうでしょう? とりあえずやってみてから考えませんか?」

 加藤の言葉に米田が続いた。

 「そうですね。いくらか損をするかもしれませんが、このまま何も対策を打たないよりはましかもしれません。やってみて効果がなかったら辞めればいいだけですし。そうじゃないですか、馬場さん?」

 「うーん、カフェとかラーメン屋とは単価が違いますからね。そちらはせいぜい数百円でしょうけど、うちはワンカットで五千円です。何度も利用されると損失額がかなり大きくなります。むしろ加藤さんのところは大丈夫なんですか?」

 「そのことは考えたのですが、来店した新規客一人の売上金額もその分大きいわけですから、費用対効果は同じなのかなと思いました。結局多く利用された方が新規客も来店しやすくなるわけですし。ただ、どうあっても不公平は生ずると思います。金額も違いますし、提供するサービスの中身も違います。不公平感を完全に無くすことはおそらく不可能なのではないでしょうか」 

 加藤がそう言ったので高杉が説明を加える。

 「会員から徴収した月額会費は、その月の各店の利用金額の割合に応じて分配します。つまり、利用金額が高かった店に対しては、より大きな割合で金額が分配されます。けれどもどのみち月一万円ではすずめの涙にしかならないと思いますので、そこまで大きな問題ではないだろうと考えています」

 高杉が説明を終える頃にはすでに、馬場以外の店主の意思は決まっているようだった。

 「・・やってみますか。たしかにこのまま何もしないよりはましですね。高杉さん、よろしくお願いします」

 ついに山は動いた。

 そして今ここに、レペゼン堀江プロジェクトの開始が宣言されたのであった。

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