2020/12/23

この街の不動産屋さん 8の続きの続き

 

この記事を書いている人 - WRITER -

〜続き〜

 「そもそもあなたの企画には最初から穴があるんですよ」

 真打ち登場といったところか。議論を黙って聞いていた美容院経営者の馬場が口を開いた。

 「定額料金で使い放題という仕組みが成立するのは、デジタルコンテンツだからですよ」

 デジタルコンテンツとは映像や音楽をコンピューターデータに変換したものだ。だからこそインターネットを経由して購入者に提供することができる。またその際に機能が劣化しないという特徴がある。

 「一度作ったデータをいくらでも複製できるデジタルとは違い、私たちのようなアナログな商売はその都度サービスを提供します。飲食店なら注文のあった料理を、美容院なら依頼されたカットを」

 高杉は口を挟まずに黙って頷いている。決して馬場と合わせた目線だけはそらさないようにして。

 「仮に音楽や映像が一対多数の娯楽だとするならば、私たちはいわば一対一の娯楽なのです。その都度材料費や人件費がかかっているわけです。定額で使い放題など成立するわけがありません。食べ放題や飲み放題ですら時間制限があるんですよ。それは無制限にするとこちらが損をしてしまうからです」

 馬場の話に周りの店主たちもうんうんと頷いている。
 
 「私たちはお客さんに対面でサービスを提供する商売です。スタッフの接客や、その場の空間こそが私たちの提供している価値なのですよ。目に見えない相手にインターネット経由で提供する娯楽とは根本的に違います。あなたも商売をしていてそんなことも分からないのですか? 物件契約の仲介をするだけの不動産屋とは違うんですよ」

 そこまで言い終わると、馬場はすっきりしたように目の前のアイスコーヒーを飲み干した。周りの店主も以下同文といったところだろうか。俯き加減に目の前のテーブルを静かに見つめている。

 がたがたと風に揺られる窓の音が聞こえる。外は相変わらずの暴風雨だ。

 静かな店内にはジャズミュージックが控え目に流れている。気がつけば高杉たちの貸し切り状態となっていた。

 「加藤さん」

 ふいに高杉が沈黙を破った。

 「この先の話はまだしていないのですね」

 「そうなんです。私もうまく説明できる自信がなかったので」

 加藤にはさわり程度の説明に留めておいてほしいと伝えていた。社外秘のこともあったが、何よりも自分が直接話をするべきだと考えていたのだ。

 人の心を動かすものは利や得だけではない。高杉はそう信じていた。

 「皆さんに聞きたいことがあります」

 横並びに座っている五人の店主たちを順に見ながら言った。

 「どうして今日は集まっていただけたのでしょうか?」

 もちろん天候のことだけを指して言っているのではない。

 「皆さん自身も感じているからではないですか? このままではまずいと」

 五人は黙ったままだ。

 「諸外国では都市部の店舗が軒並み休業を余儀なくされています。いずれこの脅威が日本にも迫ってくるのではないかと誰もが感じているはずです」

 数ヶ月前から一部の国で異変が起きていた。

 正体不明の奇病によって莫大な数の人々が体調不良を訴えていた。その詳細は未だによく分かっておらず、とにかく感染力が異常に高いということだけは判明していた。狭い空間を共に過ごすだけでも病原体が周囲の人間へと散布されるらしい。そのため一部の国では、人の集まる都市部の商業店舗は国から強制的な休業指示が出されていた。

 「私の店もそうですが、皆さんの商売はお客さんとの対面だからこそサービスが成り立っています。もちろん出前をしたり、人の派遣によるサービスの提供も可能だとは思います。けれども先ほど馬場さんが仰っていたように、その場の空間こそがお客さんに与える価値なので、きっと店外ではサービスの質が著しく低下してしまうでしょう。出前だと見た目も含め料理の味は落ちてしまいますし、派遣による散髪は法律的な問題もあると聞いたことがあります」

 誰も反論を示さないことからどうやら的外れな話ではなかったようだ。

 「ただ、この脅威がこの先どうなるのか、というのは問題の本質ではありません。人々の娯楽に対するお金の使い方はここ数年で明らかに変化しています。単純にこれまでと同じサービスを提供していたのでは、この先じり貧になるのが目に見えています」

 「だからといって定額料金にするなど馬鹿げている。そんなのは損失を垂れ流しにするようなものです。仮に来店客が増えたしても、それによる私たちの利点は何もありません」

 端に座っている馬場が再び声を上げた。その声には心なしか憤りが含まれている感じがする。

 誰もが大なり小なり危機感は抱いている。だからといって、これまでのやり方を突然変えることはできないし、提供するサービスの内容を一変させるわけにもいかない。それこそイタリア料理店が宅配ピザ屋になるのも容易なことではないのだ。その道にはその道のノウハウがあるからだ。またそうなればいよいよ”コスパ”の話になってくる。

 「いいんですよ。損失を垂れ流しても」

 高杉の言葉に五人はぽかんとした顔をした。

 「レペゼン堀江プロジェクトは、最初に皆さんに損をしていただこうと思っています」

〜続く〜

 

年末だけはゆっくりしたいな・・

この記事を書いている人 - WRITER -
 

  関連記事 - Related Posts -

 

  最新記事 - New Posts -

 

- Comments -

メールアドレスが公開されることはありません。

Copyright© 売れっ子Kindle作家 大矢慎吾 , 2020 All Rights Reserved.