2020/12/28

この街の不動産屋さん 9の最後

 

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〜続き〜

 「ユーチューバーには月額十万円でタワーマンションに住んでもらいます」

 店主たちは口をあんぐり開けたまま固まってしまった。

 「たしかにyoutubeとインスタグラムは違います。動画よりも魅力的に撮られた画像の方が宣伝効果が高いのかもしれません。ただ、youtubeとインスタグラムが異なるように、ユーチューバーとインスタグラマーにも異なる点があります」

 瀬下のプレゼンテーションを店主たちは固唾を飲んで見守っている。このプロジェクトは一体どこに向かっているのだろう? という不安が彼らの中に渦巻いているのかもしれない。

 「どちらも人を楽しませることで支持を得ていることに変わりはありません。しかし、インスタグラマーが自分の”センス”を発信しているのに対し、ユーチューバーは自分の”人間性”を発信しています」

 店主たちの頭にはてなマークが浮かんでいるのが見える。彼らの中に渦巻いた不安は、いま明らかに困惑へと変わっている。

 「話がまったくみえません。人間性が映し出されるからどうだというのですか?」

 早くも感情的な馬場が苛立ちを露わにした。瀬下のような”理屈屋”特有の回りくどい話し方が気に入らないのかもしれない。

 「センスと人間性の違い。それがなんで月額十万円でタワーマンションという話になるのですか?」

 同調した米田も憮然とした表情を浮かべている。ただ、馬場に同調しているのは彼だけではないだろう。発言を任せているだけで他の店主も同じ気持ちでいるに違いない。

 ここを何とか乗り切ってくれ、と高杉は思った。

 レペゼン堀江はこの第二段階にまで達してこそ真価を発揮する。第一段階は単に堀江の店々に客を呼ぶものでしかない。ユーチューバーたちに堀江に住んでもらってこそ、本当の意味での「レペゼン」が始まる。

 「ユーチューバーが配信する動画にはよく私的な部分が映し出されます。所有する物や趣味などがその代表ですが、要するにその者の”暮らし”が画面に映し出されます。自身のすべてをさらけ出すことが個性につながるからかもしれません。子供達の将来就きたい職業としてユーチューバーが上位にランクインされるように、彼らの暮らしそのものが観る者を楽しませているのでしょう」

 話が少し見えてきたのか、徐々に空気が変わりつつあるのを高杉は感じた。

 「そこでチャンネル登録者数の多いユーチューバーたちを堀江に誘致することで、この街を成功したユーチューバーが暮らす街として世間に印象づけるのです。六本木ヒルズに住むことがセレブを象徴するステータスとなったように、ここ堀江に住むことが、勝ち組ユーチューバーとしての一種のステータスとなるように働きかけるのです」

 米田と馬場の目が大きく見開く様子が見えた。

 「レペゼン堀江プロジェクトによって、この堀江を『ユーチューバーの街』にします」

 瀬下がそこまで言い切ると、さっきよりもまたひとつ大きなざわめきが起こった。それは歓声にも似た響きであった。

 「ちょっと待って下さい」

 やはり加藤が入ってきた。おそらく気がついたのだろう。

 「そのユーチューバーの話とレペゼン堀江プロジェクトはどう繋がるのですか? この街がユーチューバーの街になったからといって、私たちの店に訪れるお客さんの数は変わらないと思います。ユーチューバーがたくさん住んでいるからあの街に遊びに行こう、ということにはならないと思いますし」

 さすが冷静な加藤である。そうだ。彼らにとっての本題はここからなのだ。

 「会員になったユーチューバーには、月額十万円でタワーマンションに住める特典と、さらに加盟店を利用し放題という元々の特典も付与します」

 瀬下の言葉に店主たちの表情が曇った。米田と馬場の顔にも険しさが戻っている。

 「月額十万円でタワーマンションに住んでもらい、さらに私たちの店も利用し放題にするということですか?」

 「そうです」

 さっきとは打って変わって不穏な空気が流れた。当然の反応であろう。

 「ちょっと待って下さい。安価でこの街に住まわせ、さらにこの街の店を利用し放題にするなんて、あまりにも過剰なサービスではありませんか?」

 「そうですよ。たまに訪れる相手ならまだしも、この街の住人に対して店を利用し放題にするなんて、さすがにやり過ぎじゃないですか? 際限なく利用されたら広告費どころじゃない損失がでますよ」

 「毎日店に来られたらどうするんですか?」

 「一週間に何度もカットの予約を入れられたらさすがに迷惑ですよ」

 米田と馬場も懸念すべき点に気がついたらしい。

 そう、月額一万円で利用し放題という特典は、基本的に街の来訪者たちに利用してもらうことが想定されていた。

 この特典は何度も利用されると加盟店の損失が大きくなってしまう。だが冷静に考えれば、月にそう何度も同じ店を利用する人はいない。毎日堀江に訪れるという人もまずいない。買い物をしたり遊びに行くのは、せいぜい週に一回くらいだろう。だからどこの加盟店も一人の人物に過剰に利用されることはなかった。

 もしかすると会員となったインフルエンサーの中にも堀江在住の人物がいたのかもしれないが、そこまで数が多くなかったのか、現在までに問題として上がったことはない。

 ところが、今回から会員になるユーチューバーたちは、タワーマンションの特典によって必然的に全員がこの街の住人となる。一人や二人なら大した問題にはならないが、これから加入する全員がそうなるというのなら少し話は変わってくる。

 ましてやユーチューバーたちの年齢層は若い。まだ未熟である若者たちの倫理観。その観点からも、店主たちが不安に思うのは当然だろう。

 「皆さん。レペゼン堀江のウェブサイトがどんなデザインだったか覚えていますか?」

 瀬下は静かに話を切り出した。

 「あのウェブサイトは”新設されたテーマパーク”を意識したデザインになっています。トップ画面に配された堀江の地図も遊園地のパンフレットを模して作られたものです。実を言いますと、あのウェブサイトのデザインには意味があります」

 店主たちは黙って話を聞いている。

 「このレペゼン堀江というプロジェクト自体が、実は、一つの大きなテーマパークになっているんです」

 瀬下は店主たちを見回しながらゆっくりと続けた。

 「会員さんたちに、単に堀江の店を堪能してもらい、そしてSNSで紹介してもらうのではなく、この街を使って遊び尽くしてもらおうというのがレペゼン堀江プロジェクトの真の目的です」

 そう、物やサービスそのものに、もはや価値は無い。それを使ってどんな素晴らしい体験が得られるのか? 人々にとっての真の価値とはそこにあるのだ。

 「ユーチューバーたちに堀江の街を遊び尽くしてもらいましょう。この街のマンション、この街のお店、この街の公園、この街の風景。堀江のすべてを彼らに提供して、そして彼らにこの街に新たな価値を創造してもらいましょう。そうやって彼ら、『クリエーター』が生み出した動画が、日本中、あるいは世界中に拡散されていくのです」

 当初からウェブサイトに堀江の白地図しか配していなかったのはそのような意図があった。新たなる価値はこれから創造していくからだ。

 「私たち事業者だけで新たな価値を創造するのはきっと難しいです。事業者と住人が一体となって街に新たな価値を生み出していく。そしてその価値をSNSでレペゼンしていく。そうすれば必然的に街は盛り上がり、そして人々がこの街に集まってくるはずです」

 高杉はこの重要なプレゼンテーションをすべて瀬下に任せた。自分には彼ほど上手く説明できる自信がなかったからだ。

 プロジェクトの開始時点とは違い、ここではしっかりとした理論的説明が必要だ。感情や情熱だけではきっと相手を説得できない。

 この重要な場面を従業員に任せるなんて、社長としては間抜けかもしれないが、各々が得意なことをして成果を上げられればそれでいい。川上と大沢という若者の情熱が高齢の家主を説得し、瀬下という論理的思考が経営者たちを説得する。そのための理念を明確に示すことが自分の役割だ。

 瀬下ならきっと大丈夫。高杉は彼の頭脳にこのプロジェクトの命運を託した。

 「レペゼン堀江の真の役割は、参加者全員の力を結集させ、この街に新たな価値を創造することにあるのです」

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