2021/08/23
この街の不動産屋さん 9の続きーー
〜続き〜
「次に会員を募るのは『ユーチューバー』たちです」
瀬下がそう告げると、十二人の店主たちからどよめきが起こった。
「初期段階の会員資格は、フォロワー数が三千人以上のインスタグラマーでしたが、第二段階では、そこにチャンネル登録者数が三万人以上のユーチューバーを加えます」
三千人と三万人の格差は不明瞭ではあるが、相対的な判断によって高杉たちはこの数字を設定した。チャンネル登録者数が三千人のユーチューバーでは敷居が低すぎる。付与する特典があまりにも破格であるからだ。
「いや素晴らしい。既に次の展開に向けて歩を進めていたのですね」
馬場が感心したといった様子で高杉を見た。自分の早とちりで高杉に訝しみの目を向けたことを詫びたのかもしれない。
「今やテレビ番組にもユーチューバーがゲストで呼ばれるくらいですから、やはり彼らの存在を無視するわけにはいかないでしょうね」
米田が顎をすりすりしながら呟いた。さながら討論番組でカメラに抜かれた社会学者が意識して訳知り顔を魅せているようである。
「・・たしかに面白そうではありますが、インスタグラマーほどの効果が見込めるでしょうか? 私はSNSに明るくありませんが画像と動画では少し意味合いが違うような気がします」
またもや加藤が冷静な分析を挟み込んできた。
「料理やファッションというのは、綺麗に撮るからこそ魅力的に映り、人の目に留まるのだと思います。そういう意味では画像がもっとも最適な宣伝手段だろうと思います。背景などを加工してさらに魅力的に見せることもできますし。よくテレビでやっている食レポでも、”インサート”といって、料理だけを撮った映像が流れますよね? 後ろから照明を当てて、わざわざ湯気を際立たせるようにして。そういうテレビ番組のような動画をユーチューバーたちが作るとは思えません」
なんと鋭い指摘だろうか、と高杉は思った。インスタグラマーとユーチューバーの違い。自分たちの事業と照らし合わせて見た場合の画像と動画の相性の違い。ユーチューブと聞いただけでここまで想定できるとは本当に恐れ入る。
「・・言われてみればそうですね。たしかにインスタグラムとユーチューブは違う。インスタグラムには情報の発信という要素があるけれど、ユーチューブは純粋な娯楽の発信という感じですし」
またもや顎をすりすりしながら同調を示す米田。
「ユーチューバーと聞いただけで少し浮かれてしまいましたね」
先ほどとは打って変わって険しい表情を浮かべる馬場。
「そもそも、どうして最初から、ユーチューバーを会員資格に含めなかったのですか?」
「そういえばそうだ! 高杉さん、最初からユーチューバーを会員に加えていれば、もっと新規客が来店していたのではないですか?」
三ヶ月も過ごせばこの店主たちの人間性も分かってくる。
イタリア料理店店主の加藤は、常に冷静で明晰な思考力をもつ。たまにマーケティング事業を生業にしているのかと思うほどの鋭い分析を行い、この打ち合わせに重要な情報を提供してくれる。
きっとあの美味しいピザには幾多のピザの分析が反映されているのだろう。色々と食べ比べをした結果、現在のような味にたどりついたに違いない。
ただ少し慎重すぎる面は感じざるを得ない。これまでの打ち合わせにおいても、他の全員が賛成している場面で、あえて反対意見を述べるようなことがあった。その場の勢いで意見が決まってしまうことが嫌なのだろう。そのこだわる性格も、やはりピザに活かされているのではあろうが。
そして馬場はやたらと感情的な人間だ。自分の思ったことをすぐに口に出すところがあり、そのせいで打ち合わせに波風を立たせることがしばしばあった。
思えば彼は出会った時から激昂していた。企画の詳細をまだ知らない段階で、高杉に対して敵意を剥き出しにしていた。彼が美容院経営者でなかったら、もしかすると初期の段階で加盟店から脱退していたかもしれない。もっとも成果が上がったからこそ彼は不平不満を述べずここに留まっているのだろう。
ただ、誰よりも新規の加盟店店主を連れてきたのも馬場だ。非常に律儀である彼は、自分が得たものをきっちりとメンバーに還元しようと動いてくれた。実際、アパレル店主を連れてきたのも彼なのだ。つまりは彼の加入なしでは、レペゼン堀江がここまでの展開を見せることはなかったということである。
そしてダイニングカフェ店主の米田。彼はとにかく流されやすい人間だ。
いつも人の意見を聞いてはころころと自分の考えを変える。控え目な性格ではないため、よく発言する分、その信念の薄弱ぶりが目についてしまう。その他のメンバーと同じように寡黙であればまったく印象は違っただろう。そんな己の浅はかさを明け透けに見せてくれるのがこの米田という男だ。
ただ逆にいえば、非常に柔軟な思考の持ち主であるともいえる。馬場と同じく当初、彼はこの企画に否定的であったが、得がありそうだと見るや瞬時に肯定側に移った。
その切り替えの早さは経営者にとっては必要な資質だといえる。常にリスクと向き合わされる経営者というのは、湧き起こる不安にいちいちクヨクヨしていたらとても精神が続かない。お調子者くらいが逆にちょうど良い。賢ぶるところもまあ可愛いものだ。
高杉が彼らと接するようになって分かったのが、経営者というのはみんな個性的で、それでいてとても人間らしい人種なのだということだ。
きっと自社の従業員たちからはまったく違った目で見られているのだろう。
冷静沈着、頭脳明晰、威風堂堂、勇猛果敢・・
実際よりも優れた人格を想像され、そしてそうあるべきだというレッテルを貼られる。頼りない社長では自分たちが困るからだ。だから経営者自身もその信頼を損なうことのないよう、必死に従業員の前では理想的な経営者を演出する。
しかし彼らも同じ人間だ。失敗すれば同じように落ち込むし、とっくに過ぎてしまったことを考えてクヨクヨする。外見は強く見せていても、心の中では、押しつぶされそうな不安と常に戦っているのだ。
そして何より、この大胆不敵な企画を発案した高杉自身が、ここにいる店主の誰よりも臆病で優柔不断な人間なのである。
「初期段階の会員資格にユーチューバーを入れていなかったのは、彼らに与える会員特典が、インスタグラマーとは異なるからです」
高杉に寄越された批判の声を軽く受け流すように、瀬下が平坦な声でプレゼンを進めた。
「彼らには月額十万円の会員コースを案内します」
その言葉を告げると、店主たちは一挙に静まり返った。
「ユーチューバーには月額十万円でタワーマンションに住んでもらいます」
口をあんぐり開けたまま彼らは固まってしまった。
〜続く〜
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