2023/07/21

この街の不動産屋さん 9の続き

 

この記事を書いている人 - WRITER -

〜続き〜

 瀬下が加藤の店に着くと高杉は既に準備を終えて待機していた。何人かと談笑を交わしながら残りの店主が到着するのを待っている様子だった。店主たちに軽く会釈を交わした瀬下は、高杉の隣りの椅子に素早く着席した。

 「店の方は大丈夫そうですか?」

 高杉は自社の状況を参謀に小声で確認した。

 「問題ないです。来客があれば電話をよこすように伝えています。今のところは二人に任せておいて大丈夫でしょう」

 「了解しました。あと十五分ほどで全員揃うかと思います」

 今のところ店主は八人。あと四名の到着を待っている状態だ。

 レペゼン堀江プロジェクトの開始時に六名だった店主は、今では十二名にまでメンバーを増やしていた。つまり加盟店が当初よりも六店舗増加し、レペゼン堀江に入会したインスタグラマーたちは、月額一万円で堀江の加盟店十二店を利用し放題であるということだ。

 ここまでメンバーの数が増えてくると、打ち合わせをするにもそれなりの空間が必要になる。以前まで打ち合わせの場として使われていた喫茶店では、広いテーブル席を自分たちが独占し、来店客から憩いの場を奪う形になってしまった。喫茶店側からすればそれはあまり喜ばしいことではないだろう。また打ち合わせの内容が他の客へ筒抜けになるのも好ましくなかった。少人数なら支障はなかったが、この人数ではどうしても声が大きくなってしまう。

 そこでいつからか、メンバー内の店舗で打ち合わせをするようになった。飲食店の場合、昼の営業と夜の間は休憩時間となるため、店内からは客がいなくなる。広い空間にテーブルと椅子も完備されていて、まさに打ち合わせをするには最適な場所だった。

 そして本日の打ち合わせは、このレペゼン堀江の最初の加盟店である、加藤のイタリア料理店にて行われる。

 「四人が来られたようですね」

 入り口の窓ガラスを見ながら高杉が言った。全員と軽く挨拶を交わすと四人はそのまま空いた席に着席した。

 「それではレペゼン堀江プロジェクトの打ち合わせを始めます。今日もよろしくお願いします」

 イタリア料理店の休憩時間は三時間しかないため早々に進行していかなければならない。また瀬下がいるうちに今日の本題に入る必要があった。

 「当初六店舗だった加盟店も十二店にまで増加し、月額一万円で入会した会員さんにとっての価値は、ここ三ヶ月間で一挙に向上しました。皆さんが周りに声をかけて広めて下さったおかげです」

 加盟店を増やせば増やすほど入会者が増加する。高杉はここ三ヶ月間、そのことを繰り返し打ち合わせの場で訴え続けてきた。

 当初この企画の有効性に半ば懐疑的だった店主たちも、実際にインスタグラマーが呼び寄せた新規客を目の当たりにすると、その態度は一変した。自分たちではどうにも活用できなかったSNSの真の力を思い知ったのだ。やはりその道にはその道のノウハウがある。店主たちでは届かなくとも、インフルエンサーの言葉は多くの人の元へと届くようだ。

 とくに成果が上がったのは馬場の経営する美容院だった。

 「いやあ、皆さんにはちょっと申し訳なく思っています。私ばっかりいい思いをさせていただきまして。誠に恐縮です」

 影響力をもったインフルエンサー(女性)に「私の通っている店です」とインスタグラムで紹介されたことにより、馬場の美容院の新規客はそれ以前と比べて二割ほど増加した。美容院の場合は、新規客がそのまま固定客となる可能性も高い。客の行きつけの散髪店となれば初回以降も利用され続けるからだ。よって新規客の増加は固定客の増加も意味し、馬場の美容院の先月の売上は前年度比130%増という驚異的な数字を叩き出していた。

 しかもこのインフルエンサーが固定客となったことでワックスやスプレーなどの整髪料の売上も飛躍的に増加した。彼女に愛用のグッズとして紹介されて以降、髪の毛のカットと合わせて購入する客がかなり増えたのだ。

 インスタグラムが美容系の投稿と相性が良いことはよく知られている。

 芸能人が特定の商品を紹介する「依頼案件」などもそうだが、秀逸なセンスをもった一般のインスタグラマーの投稿が、多くの女性ユーザーから支持を得るというのも珍しくはない。彼女たちが投稿するメイクや洋服のコーディネートは女性たちの参考にされ、彼女たちが愛用する商品は支持者たちによって購入される。なによりその現象こそがインフルエンサー誕生の”起源”なのだ。

 インスタグラムは元々、投稿された画像を利用者たちが評価し合うことで交流を図るというSNSであったため、投稿した画像がそのまま情報価値を有する美容系とは相性が良い。メンバー中、馬場の美容院にもっとも大きな成果が上がったのも、ある意味では当然だといえる。

 「きっとこれから更なる相乗効果が期待できるはずです。以前にも言いましたが、堀江を訪れた人は特定の店だけを利用するわけではないですから。美容院の予約時間までにカフェに寄ることもあるだろうし、待ち合わせた彼氏と買い物をしてからイタリア料理店でディナーを食べて帰ることもあります。なので、ある店に来店客が増えたのならば、潜在的に他の店の新規客も増えていく可能性があります」

 メンバーたちの店に次々と新規客が来店したことで、彼らは俄然、この企画に対して意欲的になった。

 その効果がはっきりと分かるまで周囲の店主に声をかけるのを躊躇っていた彼らも、一転して積極的な勧誘者となってくれた。加盟店が増えれば月額一万円の価値はより高まる。それは言わずもがな誰もが理解していることであった。

 「そしてそれは皆さんが加入したことで加速度的に高まっていくかもしれません」

 新たに増えた加盟店は更なる相乗効果の可能性を十分に感じさせた。

 マッサージ屋、花屋、スペインバル、雑貨屋、また変わり種の「フレイバーショップ」も数日前から加盟店となっていた。自分好みの香りを生成することができる店なのだそう。東京に初出店した際は代官山にて成功を収め、今回大阪の堀江に二店舗目を出店させたらしい。

 このような新しい業態の店の出店は、堀江の街に新規客を呼び込むことが大いに期待される。新し物好きな日本人にとってはそのニュース自体が関心の対象となるからだ。

 そしてまたこの店が加盟店に加わったことにより、レペゼン堀江の新規会員を呼び込む効果も期待される。人々の関心事はインスタグラムに投稿した時の反応も良いに違いない。タピオカドリンクがまだ目新しい存在であった頃はおそらくそうだったのだろう。そのためこの店は、インスタグラマーにとって格好の”投稿のネタ”になるはずだ。フォロワーを増やす契機となる可能性だってある。

 そして今回、なによりも期待が見込まれるのは加盟した「アパレルショップ」の存在だ。

 高杉自身もよもや洋服屋がこの企画に参加してくれるとは思いもしていなかった。なにせ堀江に店を構えるアパレルショップは一点が高額な洋服屋が多く、月額一万円などという会員費では到底話にならないと思っていたのだ。しかも利用し放題となると倫理観を欠いたインスタグラマーによっては大損失を被ってしまう可能性もある。しかしその宣伝効果に期待を寄せた店主が「面白そうだ」ということで参加を決めてくれたのだった。

 アパレルは美容系と同様に、インスタグラムとの相性が良いのは容易に想像がつく。またカフェや雑貨屋らと共に、堀江というオシャレな街をレペゼンするにはもってこいの業種だ。

〜続く〜

 

すいません、時間切れしました。22時30分が自分の中のタイムリミットです。

この記事を書いている人 - WRITER -
 

Copyright© 売れっ子Kindle作家 大矢慎吾 , 2020 All Rights Reserved.