やりたいことに支配されている方がいい

 

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寝ている間も小説のことを考えている。良い傾向だと思っています。

何かを乗り越えることは、ある意味では陥る精神状態を乗り越えることを意味するのかもしれない。そんなふうに思います。乗り越えた時、それは思考の一切から姿を消してしまう。まさに喉元過ぎれば、が如く。それまでの日々はひたすら辛く、苦しい。

けれども今回はそうでもありません。過去に幾度も向き合ってきた困難らとは異なり、今回の小説という壁には、辛さや苦しみの感情が伴いません。むしろ、体が武者震いを起こすような、ワクワクする気持ちで満たされています。こんなのは初めての経験です。

どうしてだろう? と考えるまでもなく、自分が心底やりたいと思えることに邁進しているので、困難さえも恋愛における「障害」みたいに、お互いの気持ちを高めるための「スパイス」にしてしまえるのかもしれません。そんなロマンチックなものでもないか。

不安に心の焦点を合わせようと思えば、いくらでもできてしまいます。探すまでもなく材料は目の前にたくさん転がっているので。そいつらにじっと目を向けてやれば、視界は一転して真っ暗になり、恐ろしいイメージが立て続けに脳裏に浮かんできます。五年後の悲惨な日々。十年後の絶望的な夫婦生活。老後の孤独な四畳半の部屋。

過去の人生において、困難と向き合っている時というのは、そういった恐怖のイメージに追い立てられながら必死に壁を駆け上がっていくような、そんな心境で日々を過ごしていたように記憶しています。常に精神的に追い込まれていたのか、あるいは自分で自分を追い込んでいたのか、とかく胃がキリキリするような毎日を送っていたはず。俄然、喉元を過ぎてしまったので、曖昧な記憶しか残っていないのですが。

今回もたしかに苦しいのは苦しいけれど、こんなに満たされた心境で壁を駆け上がっているのが、なんだか不思議です。不安さえも認めた上で、それらもひっくるめて楽しんでいるような感覚がある。時に不安が占めることがあっても、数時間するとふっ、と小さくなってその辺に可愛く転がっている。単に体が苦痛に慣れただけなのだろうか。自分でもよく分かりません。

もしかすると、何かで頭が一杯になるというのは、こういう状態をいうのかもしれません。そればかりで他のことが一切考えられなくなる状態。

自分のやりたいことで頭が一杯になること。将来に対する不安で頭が一杯になること。どちらも心を支配されているという意味では、同じ。その日々に伴う感情が喜びなのか、辛さなのかの違いなだけで。

何物かに心を支配された日々。それは囚われているのだけど、周りが見えなくなっているのだけど、味わう感情は天国と地獄ほどの違いがある。たしかに不安に支配されている方が、社会的に見れば安定した未来を手にする確率が高いだろうと思う。その方が現実的だから。

けれども他方の日々は、あまりにも心が満たされている。それは結果を手にしてからではなく、その日々を選択したその瞬間から、幸福感はやってくる。そしてそれは続けている限り持続する。

幸せな生活。それがどのようにしたら送れるのかは知らないけれど、幸福感を得ようと思えば、実はすぐに叶えられるのかもしれない。少なくとも小説の完成を想像している自分は、いま、幸福感に満たされています。

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