2020/10/19

カルマ(業)は罰ではない

 

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テーマ:カルマ(業)

 

カルマ(業)とは一体何なのか?

一般的にはこう考えられている。

カルマとは「罰」だ、と。

前世において悪い行いをしたせいで、
その罪を今の人生で償わなければならなくなった、という具合だ。

多くの人がそう言うのだから、
きっとそれがカルマの正しい意味なのだと思う。

けれども僕は、カルマを罰だとは思っていない。

いや、正確にいえば、
僕はカルマを罰だなんて思いたくはない。

どうして罰せられなければいけないのだろう?
誰から罰せられるのだろう?
どうして罰だと決めつけられなければいけないのだろう?

僕は強制させるのが嫌いだ。

自分が悪い行いをしたのならば、
自分なりのやり方でその罪を償いたいと思う。

 

 

少し話が脱線するけど、
このような「宇宙の法則」とか、
世間で言うところの「スピリチュアル」において、
多くの人が”真実”を知りたがろうとする。

”あの人はこう言っていたのにこの人は違うことを言っている”
”一体、どちらが真実なの?”
”私は誰の言葉を信じればいいの?”

迷った挙句、
「私はこの人の言うことだけを信じよう」
と特定の人物の言葉をすべて真実だと決め込む人もいる。

それは決して悪いことではないと思う。

ある意味でそれも真実だから・・

そう、真実なんて追い求めても仕方がない。

なぜなら『真実など存在しない』からだ。

真実というのは、
その人の基準で判断した結果にすぎない。

”現象”は、ただ、そこにあるのだ。

最近では「引き寄せの法則」がもはや一般的に知られるようになってきた。

自分の思ったことが現実の出来事として引き寄せられてくるという法則だ。

けれども”引き寄せの法則”なんてものはこの宇宙には存在しない。

そんな名称は誰かが勝手に名付けたものなのだ。

そしてまた、
「良いことを思えば良いことが引き寄せられてくる」
「悪いことを思えば悪いことが引き寄せられてくる」
などという現象はこの宇宙には存在しない。

なぜなら「良いこと」か「悪いこと」かは、
人が自分の価値観をもとに勝手に判断しているだけだからだ。

出来事は、ただ、そこに起こっているのだ。

別に良いことも悪いこともないし、
思考が引き寄せるのか言葉が引き寄せるのかなんて話もどっちでもない。

要するに、この世(宇宙)に唯一無二の真実など存在しないのだ。

だからこそ自分なりの意味づけをしてしまえばいい。

何が正しいのか、何が間違っているのか、
そんなことを考えること自体が無意味。

自分が一番しっくりくる意味づけをして、
そして自分なりに宇宙の法則と付き合っていけばいいのだ。

 

 

話を元に戻す。

僕はカルマを罰だとは思わない。

僕にとってカルマとは、
誰かが教えてくれた『自分の課題』だ。

自分にまだ未熟な部分があるからこそ、
カルマが生じることになる。

そしてそのカルマと向き合うことで、
自分自身(つまり魂)はもっともっと成長することができる。

自分の未熟な部分というのは、
自分ではなかなか気づきにくいものだ。

人から指摘されて気づくことの方が圧倒的に多い。

だから自分では気づけていない部分を教えてくれるカルマは、
僕にとっては”有難い”ものなのだ。

 

 

カルマを罰だと考えるのもいいと思う。

それが苦しみを浄化させてくれることも多々あるから。

ただ僕は、魂の成長こそが何よりの幸福と考えている。

 

だからこそ、カルマは、有難いものなのだ。

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