コロナ禍とは、己との対話

 

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以前、国家試験に挑戦していた時に、勉強法の探求目的で「ドラゴン桜」という漫画を読みました。阿部寛主演でドラマにもなった、落ちこぼれの生徒達が東大受験に挑戦する、というお話です。

漫画ですが、そこに登場するノウハウはかなり秀逸で、書かれている内容をさらに踏み込んで実践すれば、十分身になるものばかりです。自分の勉強法を刷新するきっかけを与えてくれた素晴らしい漫画でした。

そして内容もさることながら、物語に出てくる登場人物たちのセリフにも、心にグッと響くものがありました。なかでも、一番記憶に残っているのは、”試験当日に心の中で反芻すべき言葉”です。

本試験ではだいたい予期せぬことが起こります。緊張して焦ってしまうのはもちろんですが、これまでとの環境の違いが、受験生の心理状態を狂わせます。隣の席の人がやたらと鼻水をすすっていたり、筆圧が強いせいで終始机をカタカタと叩くような音が聞こえてきたり。

もっとも多いのが、もの凄く回答スピードの早い受験生を目撃した時に、「自分は実力が低いのではないか?」と、自分のやってきたことに疑心暗鬼になってしまうことです。その結果、冷静さを欠いてしまい、普段の実力を発揮できないまま終えてしまう。とんだ悲劇ですね。早く解いている人はだいたい落ちる。慣れてくるとそれが分かってくるのですが。

そうならないように、試験開始の合図が鳴ったら、まず最初に、心の中で以下の言葉を唱えます。

 

『試験とは対話。相手との対話であり、そして己との対話である』

 

そうすることで周りの環境に流されずに済む。普段と同じように、自分との戦いとして試験に臨むことができる。試験の本質を説いた素晴らしい言葉だと思います。

実際に、僕は本試験でこの言葉を頭の中で反芻していました。そのおかげで本試験会場の空間を落ち着いて眺めることができました。自分的に納得の結果も得られました。

周りの受験生の動向なんて、自分の未来には関係がないのです。

 

 

一度勉強法について深く探求すると、あることが分かります。

”誰もが自分のやり方を正しいと信じている”

例えば、書店に並んでいる教材の帯には、どれも「業界No,1」と書いてあります。売上なのか、発行部数なのか、リピート率なのか、どの教材も何かしらのNo,1です。

また予備校や専門学校にしても同様です。うちが生徒数No,1だとか、国立大学進学率No,1だとか、合格者数がNo,1だとか。どこもみんなNo,1。No,2なんてどこにもない。

予備校の教師に勉強法を尋ねると、漏れなく自身の実践していたやり方しか教えてくれません。それ以外は知らないというのもあるでしょうが。

誰もが自分の信じたことを正しいと思っている。だから絶対に良いことしか言わないし、それがいかに優れているのか、ということしか言わない。そういうものなんだ、というのがそのうちに分かってくる。

物事は表裏一体。何かを正しいと言うことは、それ以外の何かを間違っていると否定することになる。そのため時には、自分のやり方を信じるあまり、別のやり方を否定するようなことも言う。それは絶対に違う、などと。

誰もが自分のやり方を正しいと信じている。だからこそ、他人に対しても、自分のやり方を正しいと力説する。「これをやった方が絶対にいいですよ」と。

ただ、すべての言葉を鵜呑みして、すべてのやり方を自分が実践してしまったら、わけのわからない勉強法になってしまいます。だから最終的には、自分が良いと思うものを取捨選択するしかない。

結局は自分次第なんだ、と当時の僕は思いました。

 

 

誰もが自分のやり方を正しいと信じています。

誰もが自分の決断を正しいと信じています。

それが当たり前。それでいい。それだけで、いい。

その相手の言葉を受けて、自分の決断が間違っているのではないか、と疑心暗鬼になる必要なんてないと思います。

なぜならこれは、己との対話だからです。

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