コンビニ 4

 

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 私は呼び止められたようにぴたりと足を止め、声のした方へとゆっくりと面を回した。しながら、「いつもありがとうございます」という言葉をあたまのなかで反芻した。そこに込められた音を識別するかのように。

 振り返ると男性店員はそこにいた。ところが、私が注いでいる視線と相手のそれがかち合うことはなかった。

 男性店員はもはや声をかけたことすら忘れているかのように、レジ周りの整理にあれこれと手を動かしている。マスク越しの表情にはなんらの色も浮かんではいない。

 私はしばらくのあいだ静止していた。

 男性店員はそこにいた。

 私の存在を尻目でとらえつつ、そこに佇んでいる気がした。心なしか手持ち無沙汰にも見える。

 「チキンでも買おうかな」対人関係の端緒となるあらゆる言葉が浮かんでくるものの、私は発することなくそれらを飲み込んだ。そして押しつけがましくない程度の微笑を相手に投げ、ゆっくりと出口の方へと向き直った。ちょうどいい、ような気がした。

 外は澄んだような夜に覆われていた。道路を挟んだ向かいの民家は安寧に包まれていた。

 ごそごそとズボンのポケットを探り、停めておいた自転車の鍵を外すと、がちゃんという小気味の良い音があたりに反響した。聞いているのは自分一人ではない気がした。颯爽とまたがると私は、振り切るようにペダルをぐっと踏み込んだ。

 走り出してすぐに私は風が止んでいることに気がついた。遠くの方でバイクの軽快なエンジン音が鳴っている。きっと無抵抗な走行感に心が躍っているのに違いない。

 橋の手前で前方に車の灯りが見えたので私は歩道にあがった。欄干の方に寄って走っていると、川面がキラキラと薄明かりを放っているのに気がつき、私は思わずペダルを漕ぐ足を止めた。

 見上げた漆黒のキャンバスには、例によって、星座群の配列が施されてあった。今さらこの街のダイナミズム溢れる星空を見て感傷にひたる年齢でもない。

 川が近いせいか急に夜の寒さを感じ、私は足早にその場から離れた。なんだか少し損をした気分になった。

 私は一心不乱にペダルを漕いだ。誰に追いつくでもなく、追い抜こうというわけでもなしに。残酷なほど無表情な夜に、あまりにも無為な買い物袋をひっ提げて。

 もはや慢性化した吐き気はおさまる気配もない。めまいは思い出したように逐一襲来して私の体を蝕む。

 背後から照らしてくれる月の光が、私にはあまりにも心強かった。

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