2021/12/06

ダメな自分と付き合っていく腹を決める

 

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ここ数日のブログはなんだかメッセージ色の強い記事が続いています。それは往々にして苦しい精神状態にある時を示唆していて、鼓舞するための文章を綴っているがために、自然と啓発するような言い回しになってしまいます。その矛先は他でもない自分自身へと向けられています。

数日前に長々と時間をかけたリサーチをようやく終え、さあ再び自分の原稿の執筆に取りかかろうというところで今、なんとなく手が止まっています。いまいちエンジンがかからないというか、なんだか気持ちが乗らないというか。率直に言えばヤル気が起こりません。

通常、こういった面を明かすことははばかられると思いますが、リアルを記しておくことに意味があると思っているので、ありのままの自分をここに晒します。そう、大矢慎吾はダメダメな一面を多分にもつ人間です。精神状態の浮き沈みが激しい〝気分屋〟なのです。

一度動き出せば慣性の法則が働くため、半ば惰性でも走り続けることが可能ですが、何かの拍子で立ち止まってしまうと、そこから再び動き始めるまでに多大な精神力を必要としてしまいます。重い腰をあげるどころの話ではなく、引きこもっていた部屋から勇気の一歩を踏み出すくらいのエネルギーが必要となる。大袈裟に言えば「人生を変える!」くらいの意気込みをもたないと足が前に出ていきません。

一説によると内向型の人間というのは、一度調子を崩すと立て直すまでに多くの時間を要するのだそうです。昨日と違う一日を過ごすことに多大なストレスを感じるためらしいです。それを出来ないことの言い訳にするのはよくないですが、ただ、自分がどういう人間であるかを知っておくのは大事なことだと思っています。でないとダメな自分を責めるばかりになってしまい、自分に対する自信を失う一方となってしまうからです。甘いのはダメだけど、厳しすぎても、続かない。人生は短距離走ではないのだから。

お恥ずかしい話ですが、自分はダメ人間です。これまでの人生を通してイヤというほど自分の本質を思い知らされ、その度に愕然となり、自己嫌悪に陥り、そしてそんな自分と向き合う必要性にも迫られてきました。いくらスマートな自分像を思い描いていても、時を重ねれば否が応でも自分の本質には気がついてしまうもので、それでも無理してごまかし続けて生きていくか、もしくは受け入れるかの選択を迫られる場面がいつか必ずやってきます。自分は後者を選択し、ダメな自分を受け入れながらも、それでも前に進んでいく自分でありたいと思い至りました。

自分を偽ってもムダで、ごまかし続けても自分と向き合わなければいけない場面はどのみちやってくる。ならば、さっさと自分のダメさを認めたうえで、ダメな自分と付き合っていく腹を決め、自分を責めるのではなく、許容し、寄り添いながら、自分なりのハイペースを築いていく方が、よっぽど前向きな気持ちで生きられる気がします。

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