ネットニュースに慣れたくはない

 

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皆さんもそうだと思うのですが、全く気乗りはしなくても致し方なく時間を割かなければいけない事。というものがあると思います。例えば、ニュース。自分としては、一切見ない方が健康的に過ごせると思っているのですが、作家という職業柄、世間の動向を知っておくためにも見ないわけにはいきません。

今日もひととおり目を通してからこれを書いているのですが、書きたいことを喪失してしまいました。書くネタを喪失したというよりも正気を吸い取られてしまったような感じでしょうか。ネットニュースを見ていると、どうにも鬱々とした感情に精神が侵食されていってしまいます。過去にはネガティブな思考にとらわれてしまったこともあったりと、それなりに経験も積んできたのでそろそろ慣れたかなあと思っていましたが、やはり、慣れることなどありませんね。不快なものはどこまでいっても不快であるようです。

「怒り」

「憤り」

「悲しみ」

「虚しさ」

「絶望」

ネットニュースを見ていると、これらの感情のうち最低一つは心に湧き上がってきてしまいます。そして元々あったはずの気持ち、元々の精神状態が侵食され、そのうちそれらに支配されてしまう。まさに澄み切った青空がドス黒い雲に覆われていくかの如く、心にかかったモヤによって元来の気持ちが見失われてしまいます。

自分が悲観的に考え過ぎているのでしょうか? あるいはこの世の動乱を嘆く悲劇のヒロイン気取りでいるのだろうか? 以前、妻に「憂いを抱きすぎだよ」と指摘されたことがありました。別に、世の中の人は、ネットニュースを見ても何も感じないものなのでしょうか。あるいは「エンターテイメント」として受け止め、全ては単なる娯楽であると咀嚼し、滞りなく身体からうまく代謝できているのでしょうか。だとしたら、凄い理解力ですね。自分はそんなに物分かりのよい大人にはなれません。

この混沌としたムードに慣れる日はくるのだろうか。

もしもこれに慣れたのだとしたら、あるいは、諦めの境地に身を置いた末の変化なのかもしれない。

だとしたら、別に、慣れなくてもいいや。

慣れてしまった自分なんて、もはや自分ではないもの。

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