2021/05/28

ワクチンの安全性とかどうでもいい

 

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結局のところ、自分の本当に言いたいことでなければ書き綴っていくことはできない。それは作家に限らず、この社会に生きている人たち、誰もがそうではないかと個人的に思います。

繕った言葉を吐き続けて生きていくことは、できない。

 

 

数日前から日本でもワクチンの接種が始まりました。まずは医療機関関係者から、次は65歳以上の高齢者、という流れだそうです。

62歳の母親にワクチンのことを尋ねると、「できるだけ早く打ちたい」と言っていました。世論調査でも示されているように、接種したいという高齢者の方が、否定する人たちよりも圧倒的に多いようです。

身内に高齢者施設で働く者がいるのですが、当初の想定とは異なり、その職種の人たちは接種対象から外れたようです。ただ、もしも施設(つまりは雇用先)の方から指示があれば、自主的に病院に向かうようです。

”ワクチン接種証明書”をもらうために・・

厚生労働省のHPによれば、現段階において、医療関係者に対するワクチン接種の考え方は以下のようになっています。

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医療従事者等の方は、個人のリスク軽減に加え、医療提供体制の確保の観点から接種が望まれますが、最終的には接種は個人の判断です。接種を行うことは、強制ではなく、業務に従事する条件にもなりません。
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今のところ、ワクチン接種は義務化されておらず、また雇用条件にもなっていないようです。個人の意思の自由がまだ尊重されている。

この状態であればまだ問題は小さくて済む。個人間の争いも、現在のような「お前、マスク着けろよ」「強制するなよ」という口喧嘩レベルでぎりぎり収まる。

けれども、ひとたび「強制化」が明言されれば、それを拒否する人と、それを許せない人との間で争いが生ずる。拒否する人たちに対して、「お前は人の迷惑を考えられないのか!」と、その行動が非常識であるという糾弾が始まる。

いや、別に強制化が明言されずとも、すでに拒否する人と、それを許せない人との間に軋轢は生じているのかも。口喧嘩レベルにぎりぎり収まるくらいで。

所詮は単なる推測に過ぎません。大して気にするほどの話題でもないのかも。

ただ、一つだけ確かなことがあります。

「要請」ではコロナを終息させることはできなかった。という事実です。

 

 

僕はワクチンを打ちません。

ワクチンの安全性がどうとか、ワクチンの接種によって人の体に何かが入ってくるとか、そんな話はどうでもいい。

どうして他人に自分の行動を強制されなければいけないのだろう。

どうして他人に自分の生き方を決められなければいけないのだろう。

僕は人に強制されるのが嫌いだ。自分で考えて、自分で決める。他人に指示されたくなんかない。ましてや、他人に自分の行動を管理されるなんて、絶対に嫌だ。

ワクチンを打ちたい人は打てばいい。否定する気はまったくないし、接種する人に対して僕が思うことは何もない。そもそも他人に何か言われる筋合いなどないのです。みんなそれぞれの考え方があって、それぞれが思う行動をとればいい。

 

 

少しずつ嫌な社会に変わっていくのを感じています。それは誰でもない、自分たち自身の手によって。

僕たちは一体、何のために生きているのだろうか。

社会のため? では、あなたの意思は? あなたの人生は?

 

僕たちは、社会を守るために命を授かったわけでは、ないはずです。

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