2020/08/03

不幸その1「お漏らし」

 

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今日から不幸について書いていこうと思う。

「不幸とは何なのか?」
という”概念”から考えていくには、
このテーマは少し重いような気がする。

哲学者でもあるまいし、
あらゆる角度から不幸を検証するなんてのは
キザな感じがしてあまり好きじゃない。

そこでやはり大矢慎吾らしく、
自分の過去の出来事から不幸について考えていくことにした。

「人生最初の不幸な出来事は何だっただろうか?」

そう振り返った時、真っ先に思い浮かぶのは幼稚園時代のことだ。

僕はいつもウンコを漏らしていた。

教室にいるみんなが「何かくちゃい」と騒ぎ始めると、
いつも先生は僕のそばにやってきてこう言った。

「やった?」

当時の心境を完璧に思い出すのは難しい。

大人になるまではある種のトラウマだったため、
一度は鍵をかけてどこかへ放り投げてしまった。

だから断片的な記憶しか残っていない。

ただその断片的で鮮明な記憶を呼び覚ました時、
頭をもたげるのは「苦しい」という叫びだ。

とにかく苦しかった。

ひたすら苦しかった。

誰かに助けてほしかった。

未だにそうだけど、
僕は人に助けを求める事ができない。

人に迷惑をかけちゃいけないと思ってしまうのだ。

だから「トイレに行きたいです」というたった一言を、
何年もの間、教師に対して告げる事ができなかった。

そのせいで友達にからかわれた記憶もある。

「やーい、やーい」と周りを取り囲まれ、
みんなから口撃を受けていた気がする。

それにも関わらず、僕はイジメっ子だった。

ノロマな友達をバカにするのが大好きで、
園にいる時はいつもその標的を探していた。

少しでも自分に歯向かう子がいれば力で相手をねじ伏せていた。

あの頃はよく、
「弱い子に手をあげちゃダメだよ」
と父からたしなめられていた記憶がある。

きっと相手が女の子だろうが関係なく、
蹴ったり殴ったりしていたのかもしれない。

何人かの友達を子分のように従え、
幼稚園の廊下を肩で風を切って歩いていた。

客観的に見れば、それはとてもアンバランスな子供だった。

人をイジメながら自分もイジメられていたのだ。

ただよくよく考えてみれば、
そのアンバランスさによってバランスを保っていたようにも見える。

加害者一方に偏ることなく、被害者側をも体験していたわけだ。

この奇妙な状態が、自分のもつサディスティックな欲望の矛先を調整してくれたような気がする。

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