2020/08/03

不幸は

 

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妙な話だけど、最近、社会で生きることが楽になってきた。

別に宝くじが当たって裕福になったわけでもないし、
友達がたくさんできて楽しい時間が増えたわけでもない。

会社にとって都合の良い派遣社員として便利使いされ、
いつ要らなくなって捨てられるや綱渡りの日々を送っている。

妻とは未だ子宝にも恵まれず、お互いの休日は合致していない。

下を見たらキリはないが、一般的な社会人の生活と比べても、
決して自分は幸福な生活を送っているとは言い難い。

だからこそ「妙な話」なのだ。

幸福な出来事の起こっていない人生が
どうしてこんなに楽しいのだろうか、と・・

昔からずっと考えていた。

幸福とは何なのか、というテーマについて。

誰かが悩んでいた僕を励ますように、
「人は幸せになる為に生まれきたのよ」
と言っていた。

僕にはその言葉が何だか妙に引っかかる。

その言葉自体は正しいような気がする。

きっと僕たちは幸せになるために生きているのだと思う。

だけどその言葉を使っている人は、
その言葉の意味を真に理解しているのだろうか?

察するに、誰かがこの言葉を使う時は、
「だからいつまでも悩んでなんかいないで、
さっさとみんなで楽しいことをしようよ」
というメッセージが暗に込められているのだと思う。

”苦しい悩みなど忘れて楽しいことをしよう”
ということだ。

それはつまり、
楽しいことが幸せなことであり、
苦しいことや辛いことは不幸なことだという定義を意味する。

そう、僕はその、
「幸福と不幸の定義」が何だか妙に引っかかるのだ。

なぜならこう思うから。

「だったらどうして人生はこんなに辛いの?」

人は幸せになる為に生きているならば、
どうしてこんなに辛い事やばかり起きるのだ。

どうして人生はこんなに苦しいのだ。

大人になればなるほど楽しいことはどんどん減る。

自分の欲望は抑制され、我慢を強いられ、
快楽を楽しむ時間なんてこれっぽっちも無い。

まるで僕たちは死に向かうにつれて不幸になっていくみたいじゃないか?

それって、なんか・・違う気がする。

だから僕は「幸福とは何なのか?」というテーマを考える時、
同時にこのテーマも考えたくなる。

「不幸とは何なのか?」

明日から、ちょっと不幸について書いてみようかと思う。

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