2020/10/19

人は一人でも生きられる

 

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テーマ:カルマ(業)

 

”助けを求めていない人を助けるとカルマを背負う”

このことは、僕たちに、
人間関係において大切なことを教えてくれている。

一般的に人は一人では生きていけないと言われている。

たしかに、社会生活は一人で成り立っているわけではない。

そこに”人がいる”からこそ、
顔を洗うことができるのだし新聞を読むこともできる。

今日の天気が分かるのも、
今日の運勢が分かるのも、
すべてはそこに人がいるからこそだ。

ただ逆に、それらは”相手がいる”からこそ、
成り立っているものだとも言える。

つまりは相手がいるからこそ、
水道から水を流すこともポストに新聞を投函することもできるということ。

もしもこの世界に自分一人しかいなければ、
そんなことをしても喜んでくれる相手がいないのでただ虚しいだけ。

そこに提供する相手がいるからこそ、
僕たちは『誰かの役に立つ喜び』を感じることができる。

お互いが、お互いにとって持ちつ持たれつの関係。

だから人にやってもらったことには感謝をしなければいけないけれど、
同時に人にしてあげられることに対しても感謝をしなければいけない。

決してどちらか一方だけが得をしているわけではないのだ。

もしもこの世界にたった一人しかいなければ、
顔の汚れや情報なんてまったく気にしないだろう。

今日の天気や運勢なんて別にどうだっていい。

それらは、すべて「社会生活」を送るために存在しているものだ。

極端なことを言ってしまえば、
生きていくためには別にそれらは必要がない。

人は食べ物があれば生きられるのだから、
それ以外のものは別に無くても問題はないのだ。

・・そう、つまりは、
『人は一人で生きていくことはできる』のだ。

 

 

この地球上に人間が一人しかいなければ、
その人は畑を耕して野菜を作り、田んぼをおこして米を作って暮らすだろう。

それ以外のことは必要がないから。

だからこそ人間は、別にたった一人でも生きていくことができる。

たまに都会の喧騒に疲れ果てて、
山に篭って仙人のような暮らしをする人がいる。

そうすれば人と関わらずに一人で生きていくことができるからだ。

その生活ならば、きっと明日生きることだけを考えていればいいのだろう。

その代わり、そんなことをしてもただひたすらに虚しいだけだと思う。

だから自分の他にも人がいた方が、
生きていく中で色んなことを経験することができる。

要するに、
人が生きていくために人の助けは必要がないけれど、
人を助けたり助けられたりする方が単純に楽しいのだ。

だかこそ「社会」というものが出来上がるのだろう。

「社会」は、別に人が生きていくために存在しているわけではない。

人は一人で完璧だ。

別に誰の助けも必要としていない。

 

だから相手を助けなければいけないと思っているのなら、
それは単なるその人の「エゴ」なのだ。

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