2022/11/06
今日から取り組む国語の庭
さて、ようやく翻訳小説の分析も終わり、いよいよ日本文学の庭へと足を踏み入れていく。
手始めは、自然主義文学の起こりとされる、島崎藤村「破戒」。国語の教科書にも名が登場する云わずと知れた文豪だ。ちなみに破戒は処女小説であり、元々氏は理想主義の詩人であったよう。
自然主義とは、フランスの作家エミール・ゾラの提唱した思想で、先に時代を席巻した写実主義の延長線上で生まれてきた表現技法。
ロシア文学黄金期を通じて写実主義の分析に勤しんだ二ヶ月間、その文学の歴史の延長に位置する自然主義に、今度は日本の作品群で触れていこうという算段。そうすることで歴史的な繋がりが観察できるうえ、当思想の理解を随分と助けてくれるであろうとそう考えた。
文学の歴史をつぶさに追っていくならば、前述した二国間の年表の間には少々開きがある。三、四十年ほどであろうか。ロシア文学黄金期の最中、日本は黒船来航によって開国を余儀なくされ、明治維新の後に江戸幕府は解体され、学問のすゝめから人々は文明開花の音を聞き取った。西欧から東に向かって大陸を吹き流れてきた民主国家の風がようやく日本にも到来したその時代。民衆の語学習得に歩調を合わせるようにして文学が広く嗜まれるようになった。
厳密には日本においてもまず写実主義が起こり、次いで自然主義といった歴史があるものの、別に私はテストで100点を取るためにこの分析をやっているわけではなく、あくまで自身の創作活動に少しでも活かすべく行っているため、必ずしも正確を期する必要はないと思っている。漠然と、文学の歴史の大綱を掴むくらいでちょうどいいのかなと。これはあくまでも〝面白い小説〟を書くための分析なのだから。
そういった観点でいくと自然主義からこの国の文学の分析に入るのがちょうどよさそう。世界的に見ても自然主義文学は早々に歴史から姿を消したきらいがあり、さらりと観察して、早々に次へと進むのが吉。アイドリング、分析の取っ掛かりにはもってこいであろう。
まさか中学時代のあの頃の自分が、大人になって島崎藤村を読もうなどとは思いもしなかっただろう。古典含め、国語の授業など一才合切拝聴する価値が無いと決めつけていたもの。教科書などまともに目を通したこともない、国語はテスト前の一夜漬けの対象にすら含まれていなかったほど。まったく、世の中なにが起こるかわからないものだ。
大人になってからの読書は、学生当時にはなかった格別なる体験を人生にもたらしてくれる。単に知識として面白いだけでなく、自身の思考や、培った価値観の転換にそこそこの影響を寄与してくれる。
自主的に取り組む国語は、めちゃくちゃ面白いのだ。
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