2021/08/23

今朝方の地震と自分のエゴ

 

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今朝方に地震がありました。近頃夜更かしが続いていたのでリアルタイムでの体験となりました。遠くの方からドドドドドドドドッ、と迫ってくる轟音。あれは、何度聞いても慣れることはありませんね。

妻はその瞬間に起きたそうです。地震にはかなり敏感な妻。幼い頃に阪神淡路大震災を経験しているからでしょうか。小さな揺れにも恐怖の色を浮かべるきらいがあります。

人との会話において地震の話題が挙がると、ほぼ例外なく南海トラフへと話が発展することが常となった昨今。該当エリアに在住している身としては、いくばくかの覚悟をもっていつも生活をしています。轟音が迫ってくると「とうとうきたか・・」という思いが瞬時に頭をよぎる。なんだか不憫な感じもしてしまいますが。

たしかに備え有れば憂いなし、ではあるのでしょうが、いちいち不安を抱いてしまうのも、あるいは不健康なのかもしれません。小さな揺れにまでいちいち反応してたらキリがないので。

日本は世界有数の火山国。桜島の活火山は今日も元気に唸りをあげていて、国の象徴である富士山は300年前にドカンと噴火しているわけで、大地の揺れに生活を脅かされていたのは今に始まったことではないはず。きっと江戸時代にも「大きな地震がきたらこの辺りも終わりだ・・」なんて会話が人々の間に交わされてわれていたのではなかろうか。

そう考えたら、ひたすら怯えるのではなく、この大地はそういうところなのだ、ここに住まわせてもらっているのだ、という畏敬と感謝の念を抱き、この島国の性格とうまく付き合っていく方が健全なのではないか、とも思ったりします。いちいち怯えていたら心臓にも悪いですし。

そういう意味もあって、いつからか僕は毎朝、神棚に鎮座された地元の氏神様に手を合わせるようになりました。子供の頃からお世話になってきた、先祖代々と拝んできた神社のお札です。そうやってこの大地に自分なりを感謝を示すようにしています。当然、人それぞれやり方があるとは思います。

ただ、そうしてうまく付き合っていこうと頭では理解していても、やはり、轟音が迫ってくると恐怖や不安を抱かずにはいられません。受け入れよう、などと覚悟することなんてとてもできません。怖いものはやっぱり怖い。

結局のところ、死にたくないのだろうと思います。たとえそれが自然の摂理であったのだとしても。

 

やはり、どこまでいっても僕は、エゴにまみれた人間でした。

ただ、それでいいような気もしています。

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