2020/08/03

他人に期待しない

 

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不幸な出来事その2「不登校」

中学で不登校になった事によって、
僕は人と違う意見や違う考えをもつ事に対して抵抗が無かった。

どの決断も真っ先に自分の考えを最優先するので、
僕の人生に後悔というものは無い。

ただし、そうハッキリと言い切れるようになるまでには時間がかかった。

引きこもった僕の事を、近所の人は
アレやコレやと噂話のネタにしていたらしい。

僕自身はそういう話を直接耳にした事はない。

両親や祖母がその手の話をどこかから聞きつけてきて、
僕に対してやんわりと提言してくるのだ。

「あんた、もう少しこうしたら・・?」

僕に対して直接、”こういう噂が立っている”とは言ってこない。

だけどその困ったような表情、
そして言いにくそうに提言してくる様子から、
身内が近所の噂話に苦しめられている事が分かった。

(有りもしない事を想像だけで勝手に言いふらしやがって!)

僕はその度に犯人を突き止めてやろうと思ったが、
そんな事をしたら余計に身内に迷惑がかかるだけ・・

結局、言われっ放しのこっちが泣き寝入りするしかなかった。

また友達の上っ面な態度も十分に観察できた。

「お前、なんで学校来なかったんだよ?」

そうやって無遠慮に聞いてくる友達の方がどれだけ嬉しかった事か。

妙によそよそしくて、不自然で、
まるで腫れ物に触るように接してくる友達。

こちらが何事も無かったかのように話しかけても、
対応に困り引きつったような笑顔を浮かべスッととその場を離れていく友達。

何事もなかったかのように会話していても、
その話題を出した瞬間にイラッとした顔をする友達。

僕としては笑い話にして浄化させたかっただけなのだが、
相手にとっては集団の予定調和を乱す煩わしいテーマだったらしい。

友達の結婚式に行く度、僕は後悔して帰ってくる事になった。

「あいつは不登校」というレッテルを貼られたおかげで、
僕は様々な場面で人の裏面を垣間見る機会を与えられた。

そのせいで人間不信になり、他人を恨み、
他人に対して心を開かないようにしていた時期もあった。

ただその思いは少しずつ変化していった。

いつからか、相手ではなく、
自分が悪いのではないか?と思うようになった。

つまり、こちらの信用を裏切る相手が悪いのではなく、
その相手を信用してしまった自分が悪いという事。

人を平気で裏切る人はいるし、
上っ面だけを装った性悪人間はいる。

そういう相手を見抜けなかった自分が悪い、という事だ。

また、相手に対して期待をしなくなった。

相手はこれくらいやってくれるだろう、
という自分の思い込みを捨てた。

そうしたら相手に裏切られた時、
過剰に落ち込む事がなくなったのだ。

また自分がやりたい事をやれるようになった。

例えば誰かと旅行に行く時、
全て相手任せにしていると一向に何も決まらない事がある。

そうやって当日になってもロクな計画も立てておらず、
グダグダで最悪の旅行になってしまった経験が誰もがあると思う。

僕はそういう経験をしたくないので幹事になる。

そして行き先やスケジュールをガンガン決めていき、
自分の組んだタイムテーブルに沿って動いてもらう。

そうすれば自分の行きたい所にいけるし、
自分のさじ加減で旅行をコントロールする事ができるのだ。

もし仮に失敗があったとしても、
「アイツのせいだ」なんて思わなくていい。

すべては幹事である自分の責任なのだ。

僕はいつからか、被害者でいる事を辞め、
どんな出来事でもその当事者でいるようになった。

そうしているうちにいつの間にか後悔する事がなくなっていた。

過去を振り返っても、後悔した経験はもはや思い出せない。

最後に後悔したのはそれほど遠い過去の出来事だ。

被害者でいるより当事者でいる方が、
よりたくさんの”人生のイベント”を経験する事ができる事を知った。

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