2023/03/13
仮)私と私、と私 12
秋口に入って少し気温が下がってきたのか、河原にはほどよい暖かさが広がっていた。照りつける太陽と吹きつける風のハーモニーがちょうどいい。まさに絶好の作業日和といった感じだ。
「今日は皆さん、お集まりいただきありがとうございます。予報が心配でしたけど天気ももってくれたのでよかったです。なんか、いい感じに汗かけそうですね」
主催者の斉藤さんが挨拶を述べると参加者はみな笑顔で応じた。男性が八割の五十人ほど、こういうイベントではけっこうな大所帯だ。主催者も斉藤さんの他に四人のメンバーがいるようだった。
「こういうゴミ拾いが初めてだという方いますか? ああ、いらっしゃいますね。ええと、ゴミ拾いはけっこう手軽にできるボランティアというイメージがあるかと思いますが、河原のゴミ拾いはそのなかでいうとけっこうキツい部類に入ると思います。街中のゴミは基本的にポイ捨てのゴミが多く、重量も軽いものばかりで、拾うのにそんなに難儀しません。けど河原のゴミは大量にかたまっていることが多く、しかも泥がついていたりして汚いです。マジで服が汚れます。なのでそういうのが気になるという人はすぐに僕らを呼んでください。もうこれ以上どうなっても構わないですから」
そう言って斉藤さんらは自分たちの服装を示した。彼らが着ている年季の入ったつなぎは本職の人と比べても遜色なさそうだった。
「ゴミの種類も様々です。一番多いのはペットボトル、あとは弁当やら味噌汁やらの空容器、プラスチック系のゴミですね。たまにバーベキューの残骸がまるまる残されていることもあります。花火とかも。そうそう、いかがわしい本とかそっち系のものもけっこう落ちてるんで、そういう時も遠慮なく僕らを呼んでくださいね」
参加者たちにさざ波のような笑いが起こった。快活な彼が言うとなんだか無邪気な感じがして、聞いているこちら側に不快な印象を抱かせなかった。
「鉄くずや産業廃棄物なんかもたまにあるので、とりあえず一般的なゴミ以外のものを見つけたら手持ちのゴミ袋に入れないで、一旦この橋の下に持ってきてもらえたら助かります。どのみち最後に僕らがまとめて分別しますので。とにかく拾ったものはここにがんがん集めてもらえたらと思います。
じゃあ、さっそく始めましょうか。基本的に個人個人で自由に動いてもらってオッケーです。ただ大きいゴミとか大量にかたまっている場合もあるので、そんときは近くにいる人を呼んで助け合いながらやっていきましょう。一人ではとても無理な場合もありますので。それでは皆さん、よろしくお願いします」
よろしくお願いします、と威勢のよい声が方々からあがった。そして参加者たちは河原にそれぞれ散っていった。
私もやるぞ、と張り切って軍手を装着していると、斉藤さんがこちらに歩いてくるのがわかった。
「来てくれてありがとうございます」微笑んだ唇から白い歯が見えていた。
「こちらこそ、誘っていただいてありがとうございます。なんか本格的って感じでワクワクしますね」
ここまでの規模の会に参加したのは初めてだった。参加者たちの目的意識も高く、いっちょみんなでやってやろう、という雰囲気がみなぎっていて、私はいつも以上に心を躍らせていた。
「今日は思う存分張り切ってもらっていいですよ。ただし、怪我をしない程度に」
「はい、大丈夫です。服装もバッチリですから。あっ、斉藤さんほどではないですけどね」
事前にかなり汚れると聞いていたので今日は捨てるつもりだったジャージ上下を着てきた。色褪せたジーンズやチノパンを履いた他の参加者と比べると若干気負い過ぎたかもしれない。
「頼もしい限りです。──やっと僕の名前を覚えてくれたんですね」
「あっ、そういえばこの前は失礼があってすいませんでした」
「いいんですよ。新垣さんは目の前のやるべきことしか見えてないんですから」
そう言われて私はなんだか自分が恥ずかしくなってしまった。周りに対する影響を省みない、協調性の乏しさを咎められた感じがしたからだ。
「いやいや、そういう意味じゃないんです。その猪突猛進な感じの新垣さんでいてほしいんです、僕は」
「はあ」
「じゃあ今日も頼みましたよ。またあとで」
朗らかにそう言うと、斉藤さんはくるりと背中を向けて行ってしまった。その何らとらわれのない様子に、私はひとまず安心した。
よし、やるぞ。気合いを入れると私は砂利道をさっそうと歩き出した。
よいしょ、と重たいゴミ袋をかたまった山に置いた。すでに百以上の袋が積まれている様子だった。これは分別するのもひと苦労だろう、とても一人の主催者では処理しきれない。それで複数人いたのか、と今さらながら合点がいった。
どれくらい時間が経ったろうか。ポケットからスマートフォンを取り出したいものの、はめている軍手の汚れは相当なもので、外したらもう二度と着ける気にはならなそうだった。やはり前日まで降っていた雨の影響がかなり大きいようだ。
足元のスニーカーも泥まみれだった。最初は飛び跳ねないように気をつけて作業していたのだけど、ビクビクしてやっていたら一向にはかどらないことがわかってきて、途中からもういいやと開き直ってしまった。ぬかるみの上でバシャン、とあえて飛び跳ねてみたらグレーの靴はブラックに染まり、なんだか迷彩柄のようでこれはこれで味があるな、と妙に納得してしまった。どのみちもう履かないつもりの靴だった。
まさかこれほどまで汚れるとは、という気持ちには多少なったものの、私はこれまでにない爽快感に満足していた。やはり規模感が大きいとその分やりがいも大きくなる。まるでお祭りのような活気と賑やかさがここにはあった。もっと早く参加していればよかったと思った。
「手の空いている人がいたら来てもらっていいですか」遠くの方で声が聞こえた。見ると一人の女性が協力を募っているようだった。きっと大量にかたまったゴミの山を見つけたのだろう。
私は小走りで声の方へと向かった。近くにいた参加者もみなそちらに向かっているようだった。
現場に到着して私は思わず息をのんだ。橋脚にもたせかけるようにしてあらゆる種類の廃棄物が、まるで何かのオブジェかのように、あきらかに人工的に積みあげられていた。その場所にだけは明確な悪意のオーラが漂っていた。
「なんだよ、これ。悪っりいことしやがるな」一人の男性がぼそりとつぶやいた。集まった参加者たちはみな一様に不愉快だという表情を浮かべていた。
「たぶんどっかの業者が不法投棄していったんでしょう。回収しといて処分するのに金がかかるから夜の闇にまぎれてここに放置した、そんな感じじゃないですか」男性はため息をついた。あるいはそういう事例は珍しくないのかもしれない。
「まっ、こういうもんのために僕らがいるようなものですし、ちゃちゃっとやってしまいましょうか」一人の男性が言うと参加者たちは頷き、みなが一斉にオブジェに近づいていった。たしかにいくら嘆いたところで仕方がないことだった。
まず目についたのは家電の数々だった。電子レンジ、テレビ、ミニ冷蔵庫、まだ使えそうなものが無造作に山に放り投げられている。次いで無数のタイヤや丸めたカーペットくらいある灰色の排水管が山の外殻を形成していた。鉄パイプらしきものもちらほら見えている。
参加者たちは手持ちのゴミ袋を手放し、それらを両手に持って集積場所へと運んでいった。この分だと全員で何往復かする必要がありそうだった。その様子を見てか、また何人かの人が集まってきた。
何度か行き来していると徐々に山の下地が見えてきた。白い布のような分厚いかたまりが何枚か、あれはおそらく布団に違いない。まわりには配線が剥き出しになった集積回路のようなパネルがどっかと盛られている。街中のゴミ拾いではまず目にしない代物ばかりだった。
オブジェが橋脚につくられていたのがまだ救いだった。橋が屋根になって一帯のゴミは雨を受けてはいなかった。そのおかげで手に抱えて運んでも服が汚れることはなく、それもあってかオブジェは順調にその形を解体されていった。
そのうちに最下層が白日のもとに現れた。それは意外にも、満パイに袋に詰まった燃やせるゴミの山だった。ご丁寧にも口は綺麗に閉じられ、そのまま指定の場所に置いてもなんら問題なさそうな状態でかたまっていた。半透明に透けた中にはどうやら大量の紙の資料みたいなものが詰まっているようだった。「なんなんだよ」参加者たちはどこかうす気味の悪さを感じているようだった。
すっかり小さくなった山から両手にゴミ袋を持って運んでいると、最後の袋に手をかけた女性が「あっ」と声をあげた。そのままその場でしゃがみこみ、なにやら閉じた口の結び目をほどき始めた。そのおかしな光景にまわりの参加者が女性を取り囲むようにして集まった。
「札束です」と女性は小さくつぶやいた。覗き込むとそこには、ぐしゃぐしゃになったチラシや資料などに紛れて、見慣れた福沢諭吉の印刷がチラと顔を見せていた。女性がまわりのゴミをかきわけると、白い帯をまとった札束が積み木のように整然と積まれてあった。どうやらそれを覆い隠すようにして紙くずが入っていたようだ。
目撃した参加者たちは一瞬、言葉を失ったように静まり返った。しかし、すぐにおおお、という歓声があがった。
「これ、いくらあるんだろう」
「いつつ、むっつ、ななつ⋯⋯マジやばくね」
「これ絶対あぶないお金だよ。なんか隠してあった感じだもん」
「通報した方がいいですよね。ってかこんなの落ちてることあるんだ」
「落ちてるというか、捨ててあるんだよね」
一人の男性がそう言うと、参加者たちは一斉にそちらを向いた。
「捨ててあるってことはもう必要がないってことでしょう」
腕を組んだ男性はみなに確認するような言い方をした。
「だけど取っちゃあダメですよ。困る人がきっといますから」
「いますかね。落とし物だったらそうでしょうけど、これは廃棄物ですからね」
「いやいや、持ち主がいますよ。持っていかれたらその人が困りますよ」
「思うに、状況から見てこれはいわゆる正規のものではないのだと思います。だから持ち主を募ったとしても誰も名乗り出る人はいないはずです。そもそもそんなことをするくらいなら初めからこんな河原に捨てたりしないでしょう。そうなれば最終的にこの札束は国庫に渡ってわけのわからない用途に使われるだけです。そうなるくらいだったら活きたお金として使った方がよっぽどいいですよ」
男性は何かを提案するように参加者たちを見回した。それを受けて参加者たちはお互いにきょろきょろと顔を見合わせた。最初に見つけた女性は青ざめた表情を浮かべていた。
「いやでも取るのはヤバいですって。そんなことしたらどんな目に逢うかわかんないですよ」
「だけど⋯⋯もしかしたら大丈夫なのかも。そもそも誰が持っていったかなんてわかんないし」
「たまたま僕たちが見つけただけですからね。たまたま見つけて、たまたま拾って帰ったという」
「いやダメだって。こんなの危ないお金に決まってるから」
「だけどちょっとくらいだったら抜いていっても──」
私は軍手を外してスマートフォンを取り出した。そのまま参加者をかきわけてゴミ袋の前に立った。
「警察に電話しますね」
言いながらもう通話ボタンを押していた。男性らは一瞬何か言いたそうにしたものの、すぐに我に返ったような表情になり、そうだよな、と言って笑い合った。女性がほっとしたような表情を浮かべていた。
ふと見ると、一団から離れたところに斉藤さんが立っていた。私と目が合うと微笑んですぐにどこかに行ってしまった。
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