2023/03/11
仮)私と私、と私 6
改札を出るとやんちゃなくらいの日差しが照っていた。それを体で真っ正面から受け止め伸びをすると、私はゆっくりと深呼吸をした。かんかんに晴れた休日、このままピクニックにでも行きたくなる。
スマートフォンを開いてメールを確認する。たしか十時に駅前の公園に集合だったはず。時計を見ると九時五十分、ちょっと早足で向かわないと。
指定の場所に着くとすでに人が揃っているようだった。私が最後だったようだ。
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
私が挨拶をするとメンバーは一様に丁寧なお辞儀で返した。今日は十人。何人か見たことのある人もいた。
「じゃあ全員揃ったのでぼちぼち行きましょうか。えーと新垣さん、ですよね。こちらゴミ袋と火バサミをお渡ししますね」
主催者の女性が用意してくれた道具をありがとうございますと受け取り、私は肩にかけたリュックから白の軍手を取り出した。両手にしっかりと着け、あらためて左手にゴミ袋、右手に火バサミを握った。
「それでは私が先頭で歩きますので皆さんなんとなくついてきてくださーい。一応はぐれないようにだけ、よろしくお願いします」
主催者の女性は慣れた様子で会を進行した。女性に付き従ってぽつりぽつりとメンバーが歩みを進めていく。私は順番的に最後尾を歩くことにした。
今日の集まりはポータルサイトで知った。ボランティアの案件ばかりが掲載されたサイトで、主催者は自由にイベントを創設でき、内容を記したうえでメンバーをそこで集うことができる。希望者はサイトから応募して主催者の反応を待ち、承認されたらメールで会の詳細が届く。今日は『まったりとゴミ拾いしよう』という会だった。
歩道を普段歩いていてゴミが落ちていることに気がつくことはあまりない。それは探そうとしていないのもあるけれど、人が歩く真ん中には溜まらないということが大きい。だからゴミは拾おうとしなければ目に入らないし、拾おうと思った途端に次から次へと目につくもので、街がこんなにも汚れているのだという事実にそこであらためて気づかされる。それは最初に参加したときから毎回変わらず感じることだった。
歩き始めてすぐに転がっているペットボトルに気がついた。このイベント定番のポイ捨てゴミだ。
どうして家に持って帰るか近くのゴミ箱まで辛抱できないのだろう、と私は思った。
ゴミは拾って集めて捨てればいい、ということではなくて、同じ種類のものに分類したうえで処分をしなければいけない。そうしないと回収業者に迷惑をかけることになり、ボランティアなのに社会貢献とは真逆のことになってしまう。そのため各自に配られるゴミ袋は燃やせるゴミやプラスチックなどと統一されていて、各々が手持ちの袋に合わせたゴミを拾っていく。
とはいえ落ちているゴミは種類が様々なので、手持ちの袋と違うときは近くのメンバーに声をかけるか、もしくはとりあえず拾っておいて最後まとめる段階でそちらに入れる。いちいちメンバーに声をかけるのは面倒だし、なんだか相手を使っているみたいで嫌なので、誰もがおのずと後者のやり方になりがちだ。とくに私のように独りで黙々と作業するタイプはそうなる。
捨てるのはあまりにも容易だけど拾うとなると相当な苦労が生じる。それを知っているなら当然捨てたりはしないのかもしれないし、少なくとも多少は自制されるのかもしれないけれど、観光地やレジャー施設でもない街中でポイ捨てをする人の気持ちが私にはわからない。止むを得ない事情などとくにない、単なる自堕落ではないか。その行為がどういう事態を招くのか想像できなくとも、どこかの誰かに迷惑をかけることはわかりきっている。どうしてそういう人の迷惑を考えないことが平気でできるのだろうか。
私は怒りを覚えつつも、淡々と火バサミで落ちていたペットボトルを掴み、手持ちの袋に入れた。あわせて隣にあった空の弁当箱も拾っておいた。
背中にじんわりと汗が滲んでいるのを感じる。薄手のカーディガンを羽織ってはいるものの、日焼け止めクリームを塗り忘れていたら一日でこんがりと焼きあがっていたに違いない。帽子の下にまとめた髪がなかで熱をもち始めている。
前をゆく人たちを見失わないよう適度な距離を保ちながら、私は誰も行っていない道を歩いた。それだけにあちこちにゴミが落ちていた。空き缶、空き瓶、タバコの吸い殻、丸めたティッシュ、レジ袋に入った食品諸々のビニールや空き箱。そのひとつひとつを分類していたらキリがない。とりあえず手当たり次第手持ちのゴミ袋に入れていった。
他のメンバーは交流しつつゆるりと作業しているようだった。三、四人のかたまりが形成され、和気あいあいと男女が話しながら手を動かしている。きっと自己紹介から始まって今日参加した動機などを共有し合っているのだろう。〝まったりとゴミ拾い〟なのだから彼らの方が会の趣旨には沿っている。
見たところ年齢は様々で、大学生っぽい若い人から四十代くらいの男性もいた。以前話しかけられた大学生は社会勉強だと言っていた。そういう明確なものをもった人を除いて、ほとんどは他者との交流目的で参加する人が多いようだった。ゴミ拾いというライトなボランティアをしつつ人との出会いも楽しむ。それこそ本腰入れてやろうという人はあまりこういう会では見かけたことがなかった。
そういうなかでいえば、私はけっこう〝 ガチな部類〟に入るのかもしれない。一心不乱に黙々とゴミを拾う私に話しかけてくる人はあまりいなかった。その方が私にも好都合だったし、ちょうどよかった。私は、こういう場で出会いなど求めてはいないのだ。
ひとしきり拾ったら手持ちの袋がすぐにいっぱいになった。まだまだ信号三つ分の区間しか歩いていないのに。
ゴミをまとめる集合場所の公園に戻ろうと私は道を引き返した。まんぱんになった袋を置いて新しいのをもらう。あまり張り切りすぎると困惑されてしまうので適度に調整しつつ。
公園でまとめられた箇所に一杯の袋を置き、新しい袋を手にとってバサバサと広げていると、一人の男性が近寄ってきた。
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