作家と睡眠

 

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その個人について、社会への適応性を判断する指標としては、仕事上のミスが少ないかどうか、というのが挙げられると思います。基本的に、要求以上のパフォーマンスを発揮することよりも、指示通りにきっちりとこなす社員の方が、上層部としては使いやすいはずであるからです。

しかし、周りからするとそつなくこなしているように見える社員でも、実のところは、とてつもないエネルギーを消費して業務をこなしている場合があるのではないかと思います。まさに己の命を削るように、体中の資源をフル稼働させて、ようやく日々の業務をこなしているような状態。仕事が終わったらもうフラフラで、一切合切が手につかなくなる。といったギリギリの生活を送っている人たちがいるのではないかと。

周りにとってはミスうんぬんが判断指標となるのでしょうが、こと個人にとっては、「あまりに無理が生じていないか?」「私生活に支障をきたしていないか?」などがその判断の指標として挙げられるべきではないかと思います。いわば〝潜在的不適合者〟を見つけるためにも。あるいはそれが、自殺者を減らすことにもなるのではないかと思ったりします。別に声高に主張したいほどの熱意があるわけではないですが。

規則正しい生活。というのは、どうやったら送れるのでしょうか?

生まれてからこの方、同じ時間に寝て同じ時間に起きる、というあの奇跡をなし得たことがありません。そんなことが現実に起こり得るのでしょうか? アトランティス大陸の方がまだ見つかるような気がします。

あるいは学生時代は実現していたのかもしれません。きっと、小学校の低学年くらいまでは。しかし記憶を辿ってみると、父親の咳が止まらず不安になって夜中に目を覚ましたり、たいして影響のないタイガーバームという薬を大人から「劇薬だ」と教えられ、昼間に舐めてしまったことを後悔して夜通し泣いて朝を迎えたりと、長い夜をひたすら耐え忍んだ記憶ばかりが頭をよぎります。その頃は否応なしに学校に行かされるので普通の学童の体裁は守られていたのでしょうが。

「考え過ぎるな」という指南は、きっと一部の人にとってはまったく意味をなさないわけで、自然と降って湧く思考を止めることなど不可能であり、ゆえに、脳の覚醒を食い止めることなど無理な話。そして当然、その働きに規則性なんてものはなく、どこまでも気まぐれに活動するのがその性質。だからこそ一定のリズムで生活することなどできやしません。それを可能たらしめるのは「犠牲」があってのこと。他のあらゆるものを犠牲にして〝普通の生活〟というものを実現させている。そんな人もいるのではないかと思います。「それくらい当然だ」「皆んな無理して頑張ってるんだ」という分かりきった反論を受けたくないがために口に出す人はいないのでしょうが。

睡眠。

なんと困った生理現象なのだろうか。作家になってからはいよいよこの問題が如実に表れてきました。もうメチャクチャ。規則正しい、なんてアトランティスの彼方です。

午前中に起きて活動したい。けれども睡眠不足では執筆もままならない。睡眠を確保すれば生活はどんどんズレ込んでいく。The・悪循環。

妻に感謝です。ただひたすらに、妻に感謝です。

睡眠よ。頼むから、どうかいつも同じ時刻に訪れてはくれないだろうか?

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