僕はいま、生きています

 

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また少し執筆に行き詰まっています。

これは一定の周期で起こる発作のようなもので、しばらくすればまた道が開けてスイスイ書き進んでいくことができるはずです。うん、きっとそうだ。そのように信じています。

苦しみと向き合うことにももう随分と慣れたものです。

どれだけ目の前が真っ暗闇でも、進んだその先にはちゃんと光が指していることを僕は知っている。どこまでも広がる漆黒の闇だと思わせておいて諦めさせるのが奴らの手(奴らって誰だよ)。多くの人はそれで断念するのかもしれないが僕は諦めない。なんたって並大抵のしつこさではないのだ。

しかし何度体験しても苦しみそのものには慣れることがありませんね。苦しいものはやっぱり苦しい。一度乗り越えた苦しみであっても、再び体験すれば、やはり苦しいもの。痛みや辛さに慣れる、というのはあくまでその時だけであるようです。長時間やられると段々と慣れてくる、瞬間的な耐性(免疫)の獲得でしかないらしい。

ここ数日はそんな感じでずっと暗闇の中を彷徨っています。ただひたすらに、一筋の光を探して。

 

 

多くの人にとって興味はないだろうと思いますが、こうして自分の活動についてもたまに書いていこうと思います。

それがどんな意味をなすのか、なんてことは段々と考えなくなってきました。自分の心にメッセージが浮かんだのだから仕方がない。昨日書いた「正直」の話と同様ですね。降って湧いた〝思い〟を自分で忖度してはいけない。それが抵抗しないということなのだ、と。

何を伝えたいのか? と聞かれてもよく分かりませんが、とりあえずここに記したい。

「大矢慎吾は生きている」と。

これを読んでいるあなたも今を必死に生きているだろうと思います。

それは僕も同じ。そして、その他の大勢の人もきっと同じはず。なにせ今はそこまで平和な世の中でもないですから。

それを知らせられるだけでも、あるいは意味があるのかもしれない。などと思ったりします。

 

 

作家は苦しい。

起業家も苦しかった。

受験生も苦しかった。

会社員も苦しかった。

学生も苦しかった。

幼稚園も苦しかった。

振り返れば何をしていても苦しかった思い出ばかりが甦ります。もちろん人によるとは思うけれど、生きるってのはわりと苦しいことが多いのかもしれません。楽しい3:苦しい7、ぐらいの感じでしょうか。いや、それは僕だけか。

けれどもただ楽しかった時期のことはなぜかほとんど覚えていません。その間の主な出来事が記憶に刻まれていない模様。そのためにとっかりが無く、思い出を呼び起こすことが非常に困難を極めます。

苦い思い出がザラザラしているのに対し、楽しかった思い出はツルツルしていてなんだか掴めない。まるで箸で挟もうとすると滑ってこぼれ落ちてしまうおせちの黒豆のようです。食べるとやっぱり味は甘くて美味しいけど。

人が十人いれば十通りの人生があるらしいですが、僕はそのうちの「苦しみ過多」の人生なのかもしれません。だとしたら自分の場合はそういうものだとして付き合っていくしかないのかもしれない。そんなことをたまに考えたりします。正直言って楽しいばかりの人生もそんなに羨ましく思いませんし。

 

取り止めのない文章になってしまいました。

ただとにもかくにも、僕はいま、生きています。

あなたと同じ、この世界を。

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