2020/10/19

全宗教の共通項「生まれ変わり」

 

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テーマ:輪廻転生

 

数年前にふとした興味から
多様な宗教について調べていたことがある。
(僕自身は無宗教)

その結果、それぞれの宗教によって
考え方が全然違うのだという事実を知った。

崇拝する神の存在も違うし、
教典に書いてある内容も全然違う。

もちろん全てが「幸福になる」という目的のために存在している。

だけど、そこに向けた
”アプローチの仕方”が全然違うのだ。

同じ仏教でも宗派が違えばそのアプローチはまったく異なる。

念仏を唱えることで仏になれるという考え方もあれば、
坐禅を組んで対話(修行)することで仏になれるという考え方もある。

その「異なる」という事実は、
幸福になる方法は様々であることを示している。

つまり僕たちには「こう生きなければならない」なんてものはないのだ。

ところが、あらゆる点で異なっているのに、
すべての宗教にはまったく同じ概念が存在する。

それが、『輪廻転生』だ。

 

 

僕たちは肉体と魂をもっている。

けれど、魂は肉眼で見ることもできないし、
手で触って確認することもできない。

つまりはその存在を認識することができない。

にも関わらず、あらゆる宗教において
輪廻転生は当然の事実として認識されている。

わざわざ輪廻転生についての説明なんて書かれていない。

それはもはや”当然のことだよね”という感じなのだ。

そのうえで各宗教によって異なるアプローチが記されている。

例えばヒンドゥー教の場合、
現世で善行を積み重ねていれば来世では一つ上のカースト(階級)になって生まれてくることができる、と信じられている。

仏教の場合は、死後49日の間に次の行き先が決められると信じられている。
(いわゆる四十九日の話)

アプローチの仕方は違えど、
「輪廻転生がある」という事実は変わらない。

それはつまり、
目に見えないし手で触れることもできないけれど、
僕たちの肉体には確実に魂というものが存在しているということを意味している。

幸福になるための方法は様々だけど、
いずれもその目的は魂を満たすためのものばかり。

それは僕たちの本質が肉体ではなく魂だからなのだ。

 

 

僕はキレイゴトがあまり好きではない人間だ。

妙なものにすがったり、
ありもしない存在を崇めるのは性に合わない。

ただ「全宗教の共通項」という事実は、
僕にとってはかなり興味深いことだった。

世の中には人によって言うことが違っていても、
「これだけはみんなが言っている」というものがある。

例えば、

・人の目を見て話をしない人間は信頼されない
・挨拶ができない人間は人から認められない
・平気で嘘をつく人間は誰にも信用されない

これらは誰もが言っていることだ。

こういう「共通項」というのは、
だいたいが真実である場合が多い。

そう、世界中に存在する宗教はあらゆる点で違っているのに、
輪廻転生という概念だけは絶対的な共通項になっているのだ。

だから僕は、僕たちが魂の存在であることを心から信じている。

ただ、そもそもの話、
こんなものを信じるか信じないかはなんてのは別にどうでもいい。

 

なぜならどちらにしても、”そう思う方がスッキリする”のだから、それでいいのだ。

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