2021/05/12

再び会社を辞めました

 

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あなたは何の為に働いているだろうか?

 

きっと多くの人が「生活の為」に働いているのではないかと思う。

あるいは「社会に貢献する為」であるとか、
「やりがいを感じる為」や「会社の為」など、
人によって働く目的は様々あるだろうと思う。

僕は、そんなふうに自身の働く目的を明確に自覚している人を見ると、凄いなぁと感じてしまう。

なにせ十数年以上、僕はその目的を見出すことができなかったから。

きっと明確な目的があればいちいち葛藤することもないのだろう。

 

 

過去にその目的を人から指南されたことはある。

けれども僕にとって、
それらはどうも納得のいかないものだった。

 

”どうしてやりたくもないことをやらなければいけないのだろう?”

 

誰もがみんな「耐える事」を当然であるかのように言う。

嫌な事から逃げてばかりいては成長できない、
やりたい仕事だけをやるわけにはいかない、
大人になるというのはそういうのを受け入れる事なのだ、と。

理不尽な出来事にも耐えるのが大人になる事なのだ、と。

けれども僕はこう思った。

 

”そんな生き方で本当に幸せになれるのだろうか?”

 

ひたすら耐えるのが一人前になる事だと言うのならば、
僕たちは歳をとればとるほど辛い目に遭うという事だ。

人生は最後まで苦しみと痛みに満ちたものであるという事だ。

そんな中でなんとかして小さな幸福を見つける努力をし、
その幸福になるだけ感謝して慎ましく生きなければいけないという事だ。

それが世間が「正しい」と推奨している生き方だ。

 

”ふーん・・なんだか、つまんねえな”

 

たしかに耐える事は必要だと思う。

世の中はまず自分の思う通りには進まないし、
自分の理想を全て実現させるなんてまず無理な話だ。

得られた結果が想像と違ったなんてのもよくある事だ。

また時には、納得のいかない事でもやらなければいけない場面が出てくる。

嫌な事を完全に避けて生きていくのはまずもって不可能な事だろう。

だから忍耐力を身につける事というのは、
生きるのに間違いなく必要な事であると思う。

けれども、だからといって、
「嫌な事を全部受け入れろ」というのはオカシイと思う。

とにかく我慢する、なんてただ苦しいだけじゃないか。

別に嫌な事を避けてもいいじゃないか。

嫌な目に遭わないような努力をしても別にいいじゃないか。

『改善する努力』をしたって、別に、いいじゃないか。

 

 

そう、我慢などする必要はない。

僕たちは、自分のやりたい事をやればいいのだ。

自分が情熱を感じられる道に向かってひたすら突き進めばいいのだ。

「お金」とか「生活」とか、
そんなものは考える必要などないのだ。

生きるのに必要なものはどうせ後からついてくる。

僕たちの体は食えなくとも簡単には死なないにようにできている。

 

大丈夫だ。

自分が感じる感覚のままに進んでいけばいい。

「幸福の音色」が聞こえる方に向かってずんずんと歩いていけばいい。

僕たちはどうせいつか死ぬのだ。

やりたい事をやらぬまま死んでどうするというのだ。

 

大丈夫。

ぜーんぶ大丈夫。

それが自分よがりのものではなく、
たくさんの人を幸せにするものなのであれば必ずうまくいく。

 

宇宙は、そういう仕組みになっているのだ。

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