2022/09/27

写実主義を独りよがりに考察する

 

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第三のロシア人作家の作品群に踏み入る。日本でもよく知られた文豪らしい。

三人の著名な文豪のうちでも最も思想的な作品を残した人物なのだそう。とくに晩年には自身の宗教論を語るほど(ほぼ布教を意図した)であったよう。

読書一発目からその情熱をしとどに浴びせられてしまった。著者による創作の民話もの。このての作品は平易である分、その主張が読み手に明確に伝わってしまう(それを意図しているのだけど)。子供にも理解ができるようにするにはやはり善悪をハッキリさせないと。そして花咲じいさんよろしく誰が幸せになれるのかを説かないと。

ただその主張の度合い云々は置いておいて、たしかに読みやすい文章であったのは間違いない。ほぼ修辞に凝ることなく淡々と綴られている印象があった。まさしく写実主義の教科書どおりといった感がある。

とりあえず代表作を読むまではまだなんとも言い切れない。とくに作風の変化が著しい作家とあらばなおのこと。それでもあくまでも大衆に広く知れ渡った作品を中心にして考察すべきだと思っている。

 

写実主義は、ある一人のフランス人画家の主張を発端とするらしい。

伝統的な歴史画を、山奥の田舎町に集まった名もない人々の画として厳かに発表したことが端緒となり、その常識はずれ、王道を覆すようなスタイルが、新たな芸術の潮流として大陸に広まっていったという。それまでは歴史画といえば格調高き絵画で、古代の神々や英雄などを描くことがセオリーとされていたのだが、〝生活〟に焦点をあてることによって新たな解釈の余地を生み出したのだという。

芸術の世界にはてんで疎いため詳しいことはわからないものの、ただ、そのエピソードを知ったことで自分の考察にわずかな確信が生まれた。おそらく写実主義に関する自分の解釈は間違っていないだろうと。

そう、写実主義はロマンティシズム(ロマン主義)に対するアンチテーゼとして生まれてきたはずで、そしてそれは、ロマンティシズムをも踏襲させた『ジンテーゼ』として、表現技法にさらなる発展をもたらしたはず。

写実主義による作品の失敗は「陳腐」や「無為」や「退屈」として表れると思われる。ロマンティシズムはそれらとはおおよそ無縁で、むしろそういった事態を避けるための表現であるとも考えられる。だからこそ額面的な写実を行なってしまえばそれらの失敗におのずと行き当たる。

重要なのは、〝なぜ写実主義の作品らがそういった事態に陥らなかったのか?〟ということ。もしも上記の失敗に終始する作品ばかりが出回ったのなら、もはや現代においては確実に当技法は風化されているはずだからだ。しかし現代こそがまさにリアリズムの時代(写実主義とはちょっと違うけど)であることから、風化どころか、以降ますますの発展を見せたことが容易に窺われる。

それはおそらく、いや、ほぼ確実に、ロマンティシズムをも踏襲させたうえで、それをも含有させた更なる表現技法としての発展を見せたからに違いない(これがジンテーゼ)。つまりは単に現実を淡々と表現する技法だけに留まりはしなかったはずなのだ。

あくまで推察の域をでないが、確信はしだいに深まっている。そうだ、おそらくそうに違いない。

そもそもこういった類のものは、自身で勝手に推量して会得していくものなのではなかろうか。

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