2021/05/12

初心に返り、涙した日

 

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本棚に一冊の文庫本があります。

読了した本は再流通させて次の読み手に繋げる方が有益だろうという考えがあり、最上段に鎮座した辞書的な本は別として、棚に並ぶ顔ぶれは常にころころ変わっていきます。そうした中で、1960年に刊行されて以来幾度も新調され、テレビ局の開局記念の度に映画やドラマとなって映像化されるこの小説だけは、奥の方の定位置にゆったりと佇んでいます。

この蔵書を広く世間に知らしめたのは、「富士の樹海に消える」という結末の描写が、鬱屈した社会から逃避する男女をあまりに切なくどこか可憐に映し出したからなのだ、と文学通の知人が熱っぽく語っていたのを思い出します。

たしかに富士の樹海が彼の地と化したのは、この小説がNHKでドラマ化されたのが発端だという真偽不明な都市伝説もあるくらいなので、きっと当時の人々の脳裏に不倫した男女が樹海に消えていく映像が鮮烈に刻まれたのだと思います。

近く没後30年を迎える松本清張が遺したこの波の塔は、感慨にふけるという言葉を最初に体感させてくれた小説でした。

 

 

二十歳そこそこだった当時は、可憐な花が儚く散っていくようなその世界観を自分も描いてやろうなどと息巻いていましたが、その志はブログをひと記事ふた記事綴っただけで挫かれてしまいます。

書けるはずがない、気づくのにはブログでも十分事足りました。単なる日記ですらその遠すぎる距離を痛切に体感できたのですから。

けれども数日引きずるほど落胆したのには自分でも驚きました。

文筆で生計を立てるなどと夢想した覚えもなく、そこまで憧れてもいなかった小説家の可能性が閉ざされたことが、これほどまでに精神に影響を及ぼすのかとあまりに意外だったからです。

長年想い続けた相手から告げられた結婚報告みたいに、叶わないと頭が理解した途端、生きる目的を失ってしまったような陰鬱な気持ちが心を覆いました。

その時の傷はかさぶたがちゃんと塞いでくれたようです。痛みの記憶はあっても感覚は微塵も残ってはいませんので。

ただあの時に湧き上がった志は、かさぶたよりずっと以前から埋もれていたのだと思います。

 

 

落涙したのは、十数年ぶりに開いた文庫本に載っているその文章が、6冊目に出版した自身の書籍に文体が似ていたからです。

おばあちゃんとの体験を記した6冊目のKindle本では、作家を名乗って以来初めて物語を執筆しました。

もちろん本家の美しさには遠く及びませんが、ただ、あの感慨を自分がまだ追っていたことに嬉しくなったのです。やはりあの志を忘れてなどいなかったのだと。

そうして次回小説を執筆するに至ったのは、ひどく遠回りした挙句初心に返った、ようやく幼い頃に抱いた初志を思い出したのだと、納得に近いものを感じさせてくれました。

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