2022/11/20

大衆文学の先駆者、夏目漱石

 

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明治を代表するかの文豪は、現代にまで通用する「言文一致(文章が話し言葉とさほど変わらない)」の小説形式を確立させた作家として世に知られている。

作家として正しい文章を綴りたいと望み、その体系を知っていくや、すなわちそれは言語学の領域に属するものであると知ることとなる。文章とは言葉を文字に起こしたもので、そのまま口に出したものを「口語」、文章化したものを「文語」、それらを包括したものが日本語という言語になる。つまりは単に国語としての文章を学ぶだけでは不十分で、体系的な文法の知識は、文章を言語学の範疇として学ぶことによって初めて身につくこととなる。

言文一致を確立させたとは、おそらく口語と文語を絶妙に使いこなした小説を完成させたことを意味するのだと思われる。たしかに処女作の「吾輩は猫である」から「坊っちゃん」、その後に至るまでがことごとく我々現代人にも読みやすい作品となっている。明治の他の作家の作品と比べるとそれは明らかで、中途で「?」が浮かぶことなくすらすらと読み進められるのが氏の作品の大きな特徴。なにせ高校の現代文の教科書に載っているくらいなのだから。

もはや現代の小説に慣れ親しんだ自分なんかにはその工夫の如何はわからないが、ただひと通り読んでみて感じたのは、いかにも〝スマート〟であるという印象だった。

とかく思想的な作品が多い同時代の小説において、作品の全面に自身の主張を散りばめることもなく、現実を浮き彫りにするための鋭い写実をすることもなくして、それでいてそれなりに教唆めいたことなんかが綴ってある。押しつけるわけでも訴えるわけでもなく、実にさらりと。またいい塩梅に教養が盛り込まれ読み物としての満足感もあり、空虚でないその読了感は、間違いなく〝大衆小説〟などとは一線を画する。

氏はある文芸雑誌で「小説に筋など必要ない」という趣旨のコメントをしていたらしい。そのためか氏の小説には基本的に明確なストーリーといったものが存在しない。淡々と語りが始まり、淡々と終わっていくといった印象が強い。もちろん道中ではさまざまな出来事が起こっているのだけど。

総じてみれば、漱石の作品は商業出版でもなく無論、娯楽小説でもない。しかし、間違いなく大衆に向けて書かれた作品であり、それは紛れもない文学作品である。文学を、文壇にではなく、大衆へとお届けするべく志向して書かれてあると私自身は感じた。前述の言文一致の姿勢からもそれは推察される。

詰まるところ、氏の作品は『大衆文学』なのだ。

その昔から近世に至るまで、芸術という文化は得てして上流階級固有の嗜みとなっていた。時間的金銭的な余暇をもつ、つまりは生活にゆとりのある者たちだけが見識を深められる教養で、創作家も評論家も押し並べて一定以上の階級の者たちに限られていた。彼らの出自をwikiで調べればことごとく裕福な生まれであるという事実に嫌でも行き当たる。

必然、見識を深められない平民が作品に対する評価を下すことは不可能で、上流階級によって権威づけされた作品がのちに世に出回っていくこととなる。となると、創作家が誰に対して作品を上梓するのかといえば、見識を有する上流階級の者たちになるであろうことは想像に難くない。やはり評価されないことにはその創作活動も骨折り損ということになってしまうからだ。

しかしかの作家はそのセオリーには従わなかった。明治維新によって島国に吹き起こった自由の風をその身に受け、既得権益たちが内側に堰き止めておこうと足掻く様子を横目に見ながら、滞りなく大衆にも行き渡らせるべく尽力する姿勢を生涯貫いた。それが教養ある者たちの役割であると感じていたからなのだろう(坊っちゃんや三四郎などでその思想が垣間見られるのが面白い)。

つまり夏目漱石という作家は、文学という文化を大衆に浸透させるべく、この国の文学界における先駆け的な作品を上梓し続けた、まっこと偉大なる文豪であったのだった。

 

 

ちなみに、私は「こゝろ」に異様な魅力を感じてしまう。今回の分析によって都合三度読了している。

云わずもがな一度目は高校生の時だがまともに読んではいなかった。内容もほとんど頭に残らないくらい。ただ妙な印象だけはやたらと胸にこびりついていて、それが二度目の読書につながった。

まともに読まなくて本当に良かったと思う。暗黒の学生時代に読んでいたら間違いなく何かしらの影響を受けていたに違いない。しかも、悪い方の。

あの頃の自分がどういった姿勢で世の中を見ていたのか──当作品によってそれは「ペシミズム(厭世思想)」なのだと知った。自分を含めた世の中のすべてを否定的に見るという。

学生時分の私だったら読書によってその考え方をより加速させていったに違いない。そしてまた〝自分の思考は正しい〟と強く思い込み、優越感でもって同級生らを蔑視していたことだろう。なにせ漱石のお墨付きなのだから(当人は何一つ推奨などしていない)。危うく暗黒に暗黒を塗り重ねるところだった。危ない、危ない。

「こゝろ」についてはまた別の機会に存分に語りたいと思う。

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