妻なしには書けない作家

 

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妻が掃除機をかけています。晩御飯を作っています。そして会社員として仕事をしています。

夫は作家ではありますが、与えられている役割は主夫。つまり、最初の二つは、本来自分がやるべき仕事であるはず。しかし、責務を全うしたのはわずか数ヶ月ほどで、気がつけば、妻が率先して代役を買って出てくれています。当の主夫は、かろうじて洗い物と洗濯と風呂掃除をこなすことで、なんとなくその役割を果たした気になっている始末。

「もうちょっとさ、今の自分の立場を自覚してよね」

そんな牽制の言葉を浴びせながらも、夫の性格を十分に理解してくれている妻は、無理に強制しようとしたり、過度なプレッシャーをかけたりはしない。複数の物事を同時にこなすことができない、という夫の気質を知っているから。

当の夫はといえば、そのことについて過度に感謝を抱くこともせず、むしろひょうひょうとしていて、下手をすると〝やってもらって当たり前〟みたいな態度でいる。はたから見た者(とくに女性)からすれば、「そんな人別れた方がいいんじゃないの?」と妻に忠告の一つでもしたくなるだろうと思う。

しかし夫の気質にあっては、そのような心構えでいないことには、押し寄せる責任の波に圧倒されてしまい、うまく乗りこなすことができず、溺れ、息も絶え絶えになってしまい、最後は抱えた荷物を放り投げてしまう。つまりはそれで作家という道が閉ざされてしまう。そのために夫は、適度な〝恩知らず〟を装っている。まったく心のキャパシティの狭い夫ですね。

今日もこうして文章を綴ることができるのは、隣に理解者がいてくれるからこそで、言わずもがな妻には感謝をしているし、感謝してもしきれないわけですが、だからこそ自分はその理解者に報いるためにも、売れっ子にならなければいけない。いや、売れっ子になるべく作家活動に邁進しなければいけない。そう思って、今日も自分を鼓舞している次第です。

それこそが掃除機をかけることよりも、料理を作ることよりも、自分がやらなければいけないことだと信じています。と、それらしいことを言ってはみるが、「単なる言い訳じゃないか!」と誰かからお叱りを受けてしまうかも。一般的には通用しない理屈であることは重々承知しています。

自分には協力者の存在が絶対不可欠である。いつからか、そう思うようになりました。

自分はあまり荷物を背負うことができないようです。

「自分はもっとできるはずだ!」と、以前は自己啓発的な精神で自分を追い込んでいましたが、人にはそれぞれ〝特性〟というものがあって、多くの人が当たり前にこなせることにもやたらと大きなエネルギーを必要とする人がいる、ということを知りました。いわゆる「内向型の人間」ということです。果たして自分が内向型の人間であるのかどうか、診断を受けたことがないので正確には分かりませんが、少なくとも一人を好むタイプであることは間違いありません。一人でじっくりと考える時間が必要で、一つの物事に深く向き合うことで真理を見出そうとする癖がある。そしてその状態に陥った場合は、得てして他の物事がおろそかになってしまいます。

今はできるだけ荷物を減らすことを意識して作家活動をしています。その煽りが家事にまで波及してしまい妻には迷惑かけっぱなし。いや、本当に感謝しているんです。たぶん⋯⋯。

僕は、妻の協力なしにはこの文章が書けません。二人三脚でしか成立しない作家です。

男としては誠にカッコ悪い有り様に違いありませんが、最近少しずつ、そのカッコ悪さを自分で認めることができるようになってきました。いや、これはもしかして単なる開き直りなのだろうか⋯? そう思って迷ってしまうこともあるし、人にそう見られても仕方がないとは思うけれど、やはり自分は自分以外の者になることはできないのだし、大矢慎吾という作家は、この歩み方でこのまま進んでいこうと思う次第です。もちろん妻がそれを認めてくれる限り。

「絶対に売れっ子になるよ」

掃除機をかける妻の背中に、視線で想いを伝えました。

伝わっているだろうか?

いや、伝わったところで、きっと妻には「それは分かったからさっさと原稿を書いてね」とケツを叩かれるだけだろう。

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