2021/05/12

尊い年始の挨拶

 

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おじいちゃん・おばあちゃん、そして両親に電話で年始の挨拶をしました。田舎は何かと行事があるので正月三が日を避けての今日。少し遅めの「あけおめ、ことよろ」です。

年々話が長くなる父ですが、今年は特に長かった。

もうそろそろその話題はいいんじゃないかな、の、いいんじゃないかの峠を二つくらい越した過多感。次々と話題を変えるならまだしも、駅のロータリーを回り続けるように同じ話を延々と繰り返す父。

しかもそれが、「寒さは大丈夫か? 何か必要なものはないか?」という我が家への心配事だから無下にすることもできない。「事足りています。ありがとうございます」という妻の返事を遠慮と捉えたのか、具体的な要求が出るまで一向に引き下がらない父。はたから見ていて少し気の毒に思ってしまいました。妻だけではなく、両方に対して。

僕たちが実家に帰省していたなら、サイフォンで煎れた父お手製のコーヒーを出したり、妻の好物である生食パンを手渡すこともできる。だけど電話の声だけでは相手の状況がわからない。いま何を求めているのか、何をしたら喜ぶのか。だから無理矢理にでも聞き出すしかない。これだけ寒いのだから何か困っているでしょう?

息子なので、それが純粋な思いやりからくるものだと分かっています。ただ、長い。「いえいえ、大丈夫です」のラリーがいつまで続くのか。もうそろそろいいだろうよ。

なかなか会えない分、詰め込もうとするのは仕方がないかなと思って見ていました。

 

 

対しておじいちゃん・おばあちゃんとの会話は短かった。年明けの挨拶を終えると、年賀状の話をして、少し会話をして終わり。しかもその会話もあまり噛み合わなかった。

なにせ、もうかなりと耳が遠い。きっとおばあちゃんは、僕たちが言った内容をほとんど聞き取れていなかったと思います。

問いに対する答えがちぐはぐな会話。ニュアンスだけで理解し合う会話。内容ではなく声の温度で心を通わせる会話。

それでも電話を終えたおばあちゃんは、とても喜んでいました。早く会いたいねと最後に一言。

 

 

今年の年始の挨拶は、これまでにない感情を湧き起こさせてくれました。

たった十数分の会話をとても希少に思いました。後悔を残さないようにしなきゃな、と。

明日からまた、小説を再開します。

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